熊本県立美術館「美の旅:西洋美術400年:珠玉の東京富士美術館コレクション」展

 今年は珍しく、西洋絵画系を二展みてるなあ。この前のひろしま美術館コレクション展は印象派メインだったが、こちらは近代西洋絵画の歴史全体を通覧するスタイル。17、18世紀のオランダとか、イタリアの画家が多く紹介されているのが見所。知らない名前ばっかりだったのが楽しい。
 そう言えばと思って、過去に買った図録を探してみたけど、19世紀以降を扱ったオルセー美術館展くらいしかなかった。西洋美術系は、陶磁器とか装飾美術関係を除いて処分しちゃったかな。


 とにかく観客が多くて、ゆっくりと見られなかったのが残念なところ。
 絵を見てる人なら譲り合って見られるんだけど、すぐそばでじっとキャンプションを読んでる人とか、どうしようもないよなあ。高齢者が多くて、周囲の状況が見えてなかった感が。最初の絵の前で音声解説装置の使い方が分からなくてマゴマゴしている人とか、もう一歩横に行けとしか。
 ざっと、空いてる絵を見て、戻ってキャンプションを読む作戦に。


 前半、第一部は18世紀までのアカデミー的なジャンル序列に即した展示。歴史画、肖像画、風俗画、風景画、静物画と序列化されていたが、個人的好みからすると風景画・静物画がやはり好みだなあ。
 序列の一番上に来るのが歴史画。聖書や古典著作の場面を再現するには、古典の教養と幾何学的な遠近法の操作という知的作業を必要とする。これを通じて、単なる職人から格を上げようと図ったというのが興味深い。歴史画というと、中近世の服装をした人が聖書の場面を演じているような絵をいう偏見があり、実際に最初に展示されていたベルナルド・ストロッツィの「アブドロミノに奪われた王位を変換するアレクサンドロス大王」はまさにそんな感じだけど、17世紀でも古代っぽい服装の歴史画のほうが多いのだな。ボーモンの「ハンニバルの生涯」連作やダヴィッド工房「サン=ベルナール峠を越えるボナパルト」あたりが印象的。前者はタピストリーの下絵だそうだが、タピストリーは王妃の好みが変わって使われず仕舞いという…
 続いては肖像画。16世紀後半から19世紀末までの13点が展示。18世紀までの女性の肖像画が華やかなのに対して、19世紀になるとシンプルになるなあ。あと、ナポレオン関係が描写が細かい。「アントワーヌ・フランセ伯爵の肖像」の刺繍とかがすごい。なろうの婚約破棄ものの小説なんかのドレスはコルセットが描写されるから、この時代より後、19世紀がモデルなのかな。
 風俗画は、もともとは歴史画以外を指したジャンルだったが、その後肖像画、風景画、静物画が独立して、日常生活を描くジャンルとなったという。しかし、正確に風俗を写したものではなく、理想化や教訓が込められていたりと、虚実が入り交じるものであった。そう言われると、たとえばブーグロー「漁師の娘」とか肌がピカピカで、良いとこの娘がコスプレしている感じがあるなあ。
 ルージュロンの「鏡の前の装い」みたいなのが、小説でイメージされるドレスの一類型かな。これが黄色くなると、『モブ令嬢テサシア・ノーザランは理想の恋を追い求めない」のテサシアのお気に入りのドレスになるのかな。

 歴史画の背景から独立した風景画は、偶像崇拝が避けられ、かつ、形成した国土に誇りを持っていたオランダで、市民階級を中心に普及した。あと、17世紀あたりだと、イタリアっぽい風景を描いた「イタリア的風景画」が市場で高く評価されたというのが、北方の人間のイタリアへの憧れを示しているなあ。「君よ知るや南の国」。
 個人的な好みだと、ここから先の風景画と静物画が好きだな。ヨーロッパ近世の価値体系とは無縁だし。
 オランダ系の海洋画では、ヤン・ファン・ホイエン「釣り人のいる川の風景」が見事。

 イタリアの都市図系ではカナレットの「ヴェネツィアサン・マルコ広場」「ローマ、ナヴォーナ広場」が、まさに観光名所図的な感じで素晴らしい。細部をじっくり観察したいところ。その門下らしいウィリアム・ジェームズの「ヴェネツィア、スキアヴォーニ埠頭」は色遣いがシュルレアリズムっぽいけど、船が細部まで描き込まれているのが楽しい。装飾された帆船に、カラフルな小型ガレー船、質素な商船など。ゴンドラは一人で動かしているけど、これ、艪じゃなくて、船の形が左右非対称で片一方のオールだけでまっすぐ進むようにされているのだな。


 静物画は花の絵が4点。これが圧巻で、どれも素晴らしい出来。ジャン=バティスト・モノワイエの作品は、花瓶に生けられた花が光を浴びて輝いている。19世紀末のジョセフ・ロテファー・デキャンプの「静物、バラ」は近くで見ると筆目がガッと残っているのだが、すこし離れると輝くようなバラが現れる。また、バラの色が良いんだよなあ。




 第二部は、19世紀以降。市民革命と産業革命によって社会の価値観が揺らいでいくなか、アカデミーのお約束から外れた表現が花開いていく。全体としては、「物語の変質」として歴史画の変遷、現実から離れたシュルレアリズムの表現、そして、「造形の革新」として印象派を中心とした筆触分割による色彩表現の革新、また、印象派の手法がフォルムを軽視するという不満からフォルム重視の動き。ポスト印象派以降の抽象的な絵画が少ないのは、設置者の趣味なのかねえ。
 あと、ここいらから後は、名前を聞いたことがある、作品を見たことがある画家が多い。ローランサンシャガールヴラマンクあたりは作品見ただけであの人か感があるなあ。
 冒頭のフランス革命の時事系の作品がドラマティックで好き。ギヨーム・ギヨン・ルティエールの「パリの人々にルイ・フィリップを紹介するラ・ファイエット」、ジャック=フランソワ・スヴェバック「タボル山の戦い」。フランス革命がらみの作品だが、群像と熱狂感がいい。後者は戦列歩兵の一斉射撃シーンが表現されてるのが熱い。

 あとは、やはり印象派前後の風景画がいいなあ。
 ウジェーヌ・ブーダンの「ベルクの海岸」が素晴らしい。

 他には、カミーユピサロの「秋、朝、曇り、エラニー」、アンリ・マルタン「画家の家の庭」、アンリ・ル・シダネル「黄昏の古路」あたりが好き。
 これはキュビズムに入る寸前くらいの作品だが、エミール・ベルナールの「城のあるスミュールの眺め」は印象に残る。絵はがきも買っちゃった。




 モネの「睡蓮」も撮影可だったので、写真に撮ってるけど、どっか他の機会で見たのよりパンチが足りない気がする。



 「アントワーヌ・フランセ伯爵の肖像」。服装の染めや刺繍、勲章なんかが細かく描写されている。


 感想に入れた絵の写真の内、モネ「睡蓮」、モノワイエ「花」は撮影可だったので、会場で撮影。他は、東京富士美術館の公式サイトから。収蔵品リストからダウンロード、「自由な使用」可ということで、お借りした。さすがに、この絵がよかったに全部写真付けるのはやりすぎかな、ということで、この程度の量に。