「地産地消で勢い、復活に手応え:いまこそ伝統野菜:味も多彩地域おこしに」『朝日新聞』08/9/21

巨大ナス・キュウリ 赤い大根…
 長さ30センチ、重さ500グラムを超える大きなナスが山口県萩市長門市にある。品種名は「田屋ナス」。普通のナスの2-4本分もあり、「萩たまげなす」の名でスーパーなどで最近売られるようになった。
 暑さや風に弱く、サイズが不ぞろいになりがちな難点があって大量出荷されることはなかったが、県農林総合技術センターが接ぎ木栽培の技術を導入したことが転機となった。身が軟らかくて甘いことが人気を呼び、今年は18戸が72アールで栽培した。
 30年来品種を守ってきた萩市椿の幸坂治男さん(58)は「味のよさが捨てがたく自家採取してきた。いいものを作って、それなりに所得が計算できるのはうれしい」と話す。
 福岡県豊前市三毛門の「三毛門カボチャ」は、キリシタン大名大友宗麟(1530-87年)が勢力を広げていたころにポルトガルから大分県に持ち込まれた品種に由来するといわれる。
 三毛門公民館館長の猫田信広さん(67)によると、かつて昭和天皇即位記念の大嘗祭に献上され、郷土料理の団子汁の材料にも使われてきたが、人気の品種と比べると甘さがやや少ないため普及せず、数戸が栽培する程度だった。
 それでも昨年5月、「カボチャで地域おこしを」を合言葉に三毛門南瓜保存会(宮崎求馬会長)が発足。約30戸が作るようになり、昨年はカボチャワインも生まれた。加工所開設も準備中だ。
 大分県別府市で重さ1キロ余りの「青長地這キュウリ」を受け継ぐのは同市内竈の右田政幸さん(67)だけだ。
 一般的な野菜は種苗会社が種子や苗を供給するが、伝統野菜は農家が自家採種する例が多い。
 長崎県雲仙市吾妻町で20年余り有機農業を続ける岩崎政利さん(57)は自家採種の技を磨き、毎年50種以上の野菜の種子を採る。地元の種苗店主から受け継いだ「雲仙こぶ高菜」は今年6月、絶滅の危機にあった品種を守り育てたとしてスローフード国際本部(イタリア)から日本で初めて「プレシディオ(防衛)」の野菜に認定された。
 岩崎さんは「4、5年間観察すれば特性が見えてくる。野菜の生物多様性を守ることで、色々な味が楽しめるだけでなく、病気や災害に対応しやすくなる」と利点を説く。


京都発 広がる認定制度
 各地に農産物直売所が設けられ、地元の産物を地元で食べようという地産地消運動が注目されるなか、自治体が伝統野菜を認める動きも急速に広がってきた。10府県に認定・選定制度がある。
 草分け的存在は京都府京野菜のうちで安定した流通が可能なものなどを「京のブランド産品」として認定する制度を89年に設け、九条ネギ、賀茂ナスなど21品目を登録している。府内の野菜の生産額は89年には214億円だったのが、06年には248億円に伸びている。
 熊本県は06年度までに「ふるさと伝統野菜」15品目を選定。鹿児島県も今年2月に選定制度を設け、桜島大根など14品目を選んだ。山口、長崎両県はそれぞれの伝統野菜を紹介する冊子を作成している。広島県は種苗保存機関「農業ジーンバンク」を持つ。約1万8700種を保管し、うち約2500種が野菜だ。種子の譲渡を求める農家の申請も増え、昨年度は約200件を数えたという。
 同バンク技術嘱託員の船越建明さん(71)は、「伝統野菜を守るには、品種を交雑させない技術を伝えていくことが必要だ」と話す。
 野菜の取扱量で国内最大規模の東京都中央卸売市場大田市場には近年、京野菜の水菜や賀茂ナスなどが定期的に入荷されるという。特に水菜は関東地方の農家もつくるようになり、食卓でおなじみの野菜の一つになった。もっとも、伝統野菜のほとんどは、料亭や飲食店などの「業務筋」向けだという。大田市場が1日に扱う3千トンの青果物の中ではごくわずかだ。
 大田市場の柳澤智晴業務課長は「全国に流通させるためには量の確保と品質維持が課題になる」と話している。


伝統野菜を見直す都道府県の主な動き
東京 04年から都の研究機関を中心に練馬大根や小松菜などの復活を目指している
長野 07年度に認定制度を設けた。昭和30年代以前から栽培されていることなどを基準に野沢菜など52種を選定し、認定証票も発行
石川 金沢市の助成で市農産物ブランド協会が15品目を「加賀野菜」に認定。戦前から栽培していることなどが基準
京都 京野菜のうち安定流通が可能なものなどを「京のブランド産品」として認定。89年に設けられた草分け的制度
大阪 05年に認証制度。100年前から作られ、昔ながらの味や形を保っている野菜が対象。守口大根天王寺蕪(かぶら)など
広島 選定制度はないが、穀物や野菜などの種子や球根を遺伝資源として保存する「県ジーンバンク」を89年に整備
山口 05年に冊子「やまぐちに伝わる野菜と果樹」作成。50年以上栽培され、定着している17品目を紹介
長崎 07年に冊子「ながさきの伝統野菜」を作成。江戸時代に外国に開かれていた地域で育てられた長崎白菜や長崎赤カブなど16品目を紹介
熊本 05年に認定制度。阿蘇高菜など15品目。戦前から栽培が基準
鹿児島 08年に選定制度。桜島大根など14品目。戦前から栽培が基準
沖縄 04-05年に「データベース」作成。ゴーヤーや田イモなど28品目

 農産物・水産物の流通について、「全国に流通させるためには量の確保と品質維持が課題」とはよく言われることだが、実は流通の衰弱なんじゃないかとも思う。人口集中地への規格的な食料品供給に過剰に適応しすぎて、きめ細やかな仲介機能を失っているのではないだろうか。さまざまな不ぞろいなロットを集めて、一つのパッケージとして新たな価値を生み出す、そのような仲買的な機能が必要なのではないか。規格品として大量に流通させるだけでは、伝統野菜の強みを失ってしまうように思う。事実、一度は規格生産の品種との競争に敗れているわけだし。
 大量に流通させるよりも、消費する側に興味深い存在だと認知させ、商品としての特色を確立すること。生産する農家にとって経営的に有利であることが重要なのではないか。