栗原智久『大江戸調査網』

大江戸調査網 (講談社選書メチエ)

大江戸調査網 (講談社選書メチエ)

 「江戸生活史小事典」といった性格の書物。単位や貨幣、暦、衣食住、生業、言葉、辞典などに分けて、解説とレファレンスブックの紹介、そして江戸時代の随筆の関連項目を紹介している。タイトルの付け方は、洒落てはいるが、内容を的確に表現していないように思う。正直、ぱっと見、犯罪捜査とか捕り物の話かと思ってしまった。せめて副題をつければいいと思うのだが。
 地域差があるので、熊本在住の私が利用する場合、三分の一程度しか役に立たないが、度量衡や貨幣、暦あたりは、全国共通だろうから、それなりに役に立ちそう。年中行事や生活の風俗なんかは、地域差が大きいから使えないけど。しかし、江戸ってのはレファレンスツールが充実しているな。熊本あたりの江戸時代を調べようとするともっと大変そうだ。
 本書では、各トピックに関連する事柄を書いている江戸随筆を『江戸随筆大成』や『未刊随筆百種』のどこに収録しているか示している。また、興味深い内容については、引用している。同時代史料として考えると、随筆はその時代の風俗について知るのに使えると思う。ただ、本書でよく引用されているのは語源や起源など、過去の考証が多い。そのような事柄に関しては、江戸随筆がどのくらい信用できるのか、ちょっと疑問。あと、この時代の文章って八割方は分かるんだけれど、肝心な部分で語彙やらなにやらがよく分からないなあ。辞書を引けって話なんだけど、中高あたりで使った古語辞典が使えるのだろうか。
 あと、メチエはたいがいの本に索引が付いているのがえらいね。読みながらでも便利だし、調べ物にも使えそう。レーベル全体の方針なのだろうけど、手間をかけてちゃんと作っているのが偉い。索引のあるなしで使える度合いがずいぶん違うし。


 以下、メモ:

 「一両は今日でいういくらか?」「一文は現在の何円にあたるか?といった質問は、引きも切らない。しかし、江戸時代とひと口に言っても、約二六〇年間、この間には物価の変動が当然あった。例えば、改革の時期には物価は下げられたりしたし、幕末の混乱期には急騰したりした。
 ズバリの回答は難である。
(中略)
 一文・一両はいくらかという質問への回答――この稿で著してきたことは一参考でしかないが、それがいかに難しいかが伝わればと思う。p.45-7

 この手の価格とか、通貨の話って本当にめんどうくさいんだよなあ。ヨーロッパ史に至っては、単位が入り交じって泣くしかないし。貨幣の品位の問題なんかもあるから、どこがどうなって価格が変動しているか理解不能。貨幣に含まれている銀の重量を指標に使っている研究なんかもあるけど、銀の価値の変動まではカバーしきれないしな。その賃金でどの程度の食料を買えるかを指標にしたり、いろいろと手はあるようだが。
 とりあえず、一文が20円前後、一両は八万から四万円程度となるようだ。

○覆面
「柳亭筆記」(『日随大』第一期・第4巻、316項』)には、以下のとおりある。


むかし武家の奥方息女かちにてありく事なし近所へも乗物にて行なり。遊山等に出て先にて乗物よりおるる時はふく面かぶり物して眼ばかり出せり。召使の針妙までも外へいづるにはふく面又は綿にて面をつつむもあり、顔をあらはに出してあるく女明暦の頃迄は一人もなかりし、万治のことよりかちにてあるく女はふくめんのうへに玉縁という編笠をかぶれり。


 顔をあらわにして歩く女性は明暦のころまではひとりもいなかったといい、万治のことから徒歩で歩く女性は覆面の上に編笠をかぶったという。女性の編笠や覆面が、今日考えるよりずっとプピュラーだったことを思わせる。p.104

 なんかイスラムのチャドルみたいな感じだな。時代が変わると常識も大きく変わるということか。