山下亨編著『トイレが大変!:災害時にトイレ権をどう保障するか』

 災害時のトイレの問題についての本。トイレの重要性に気づかされる。
 実際、トイレに行く回数を減らすために水分の摂取を抑えたり、食事を食べないなどの行為がエコノミー症候群など生命を脅かす事態につながることが多く、軽視できない問題。人が集まる避難所なんかだと、出るものも、それなりの量になるから、衛生の観点からも、重要な問題。本書は、そのような生存に重要なトイレの問題が、災害対策の上で軽視されていると警鐘を鳴らしている。調べると、東日本大震災でも、このようなトイレの問題は結構あったようだし、重要なテーマとして取り組む必要があると思う。
 下水道が完備して、水洗トイレに慣れてしまうと、上下水インフラが破損してトイレが使えなくなったときの苦痛は結構でかいんだよな。阪神大震災の時に、2月初めあたりに被災地に入った経験があるけど、あのときはユニット式の仮設トイレが利用できた。それでも、快適とは言い難いところがあるし。下水は復旧に時間がかかるようだし。
 そう言えば、東北の太平洋側の下水インフラは結構、破損しているようだが、現在はどうなっているのだろうか。普通に垂れ流しているとしたら、環境への影響も大きそうなのだが。


 内容としては、前半は阪神大震災中越地震における、トイレのトラブルの検証。そして、災害弱者のトイレ問題の一環としてオストメイトの人たちが経験したトイレをめぐる問題の紹介。阪神大震災後の10年でどう進化したか。
 後半は、どちらかというと行政向けといった感じか。危機管理のマニュアルのようなもの、保育園の危機管理シミュレーション、マンホールトイレが現実の危機時にはそれほど役に立たないという指摘。
 最後は、関東大震災における屎尿処理の問題を中心に、戦後の災害におけるトイレ問題、海外の大規模災害でのトイレの問題の紹介など。戦前には排泄物も下肥として資源化されていたんだよな。戦後は単なる廃棄物になった。さらに、70年代あたりで汲み取り式のトイレから水洗便所への転換と時代の変化がうかがえるのが興味深い。あとは、海外でも、やはり多数の人間が集まる避難所では屎尿処理の問題が出てくるのだな。


 震災初期には水洗便所が使用不能、避難者の組織化ができていないという状況で、トイレに殺到し、糞便がてんこ盛りになってしまうという惨状が見られるという。あと、自宅に残った人が、下水の使用不能という状況で、トイレに苦労するとか。便槽式の仮設トイレのタンクの汲み取り問題などいろいろな問題が指摘される。今時、水洗便所が普及して、バキュームカーも十分にあるという状況ではないだろうしな。自宅に残る場合は、それらをどう処理するかも、あらかじめ考えておく、あるいは行政がなんらかのシステムを考慮しておく必要があるのだろうな。生ゴミで出して破裂するとか言う惨事が、阪神の時は頻発したらしい。あとは、様々な種類の災害用トイレの紹介など。
 アメリカでは、FEMAがその土地で仮設トイレそのものと、その設置・汲み取り・撤去を請け負うレンタル業者と直接契約して、設置。避難所解消後は国がレンタル料を清算するという仕組みになっているらしい。このような総合的なレンタル業者は日本では無理らしいが、あらかじめトイレ問題に対応する仕組みを考えておく必要はありそう。


 以下、メモ:

 森朴氏は、劇的なトイレ救援の体験を通じて自分たちのイズムを確信し、次のような提言をしている。これは現在でも新鮮である。
地震等による広域災害に対する万一の備えとしてし尿処理対策を震災応急対策の第一と考えるべきだ。」
「政府の公共投資基本計画が全国の下水道普及率を二一世紀に九〇%台にするというのならば、地方公共団体は下水道の整備に付随するフェイルセーフ機能として仮設トイレの大量備蓄とバキューム車、し尿汲取り要員の確保が必要である。」
 注 本稿は、森朴繁樹「屎尿処理と都市防災」(『月刊生活排水』Mar. 1995所収)を参考とした。p.24

 実際、バキューム車とその要員を十分確保しておく必要はあるだろうな。全体としては、複数の自治体でシェアするにしても。

トイレ用水の問題
プールの水や金魚の池の水も使った 本山南中学校では、震災三日目頃から中学校のプールの水(総容量約350トン)をトイレの糞尿を流す用水として使いはじめた。が、洗濯にも使ったため水量が激減。二日間しか持たなかった。
 当初、教師たちがせっせと水を運んでトイレ掃除をした。その後水道が通じるまでの一ヵ月間、毎日教員と一部の避難住民が四六時中トイレに水を運んだ。
 一方、吾妻小学校では、屋上プールの配水管が破壊して、プールには一滴の水もなかった。そこで子どもたちが飼っていた金魚の池の水を皆でトイレに運んで乗り切った。
 山口登教頭(前出)は、「校庭に池があった学校とそうでない学校ではトイレ用水の対応が違っていたようだ」と語っていた。


学校には緊急用水システムが必要 一時的であれ、水洗トイレをきちんときれいに流すには、校舎の上階のトイレに用水を供給する緊急時のシステムを作っておくべきだ。何千人という避難者を学校が一挙に抱えると、仮設トイレが搬入されるまで待てない。学校を避難所として設定していくのであれば、非常用飲料水やトイレ用水等を給水するシステムを作って、一時的に自立的に対応していけるようにしておくべきだ(山口登・前出)。p.39-40

 本当にひどい災害だと、ハード的な対策に限界があるからなあ。震度7の時や大津波だと、相当壊れることを前提に考える必要がありそう。プールに常時、水を貯めておくというのは、災害時に有効なのだな。

 一方、急場の知恵をはたらかせてトイレ対策をした人も多い。須磨区の主婦は、大勢の客が入ってきたから水洗トイレが間に合わず、庭のマンホールを開けて板を渡し周りをシートで囲ってトイレにしたという。まさに「マンホールトイレ」の個人版であった。あるいは、垂水区の主婦は、家のペットの猫の用便に使っている化学砂を自宅のトイレで試してみたら、すぐに固まって臭気もないことがわかったというので、薬局に買いに行ったらたくさん置いてあったから買い置きしたとのことだ。p.48

 ちょっと検索してみると、この手の凝固剤はいろいろと製品がある模様。普段から備蓄しておくのも手かもな。

トイレの場所に困った 私の家も倒壊したが(市役所職員という立場上)、小学校の避難所に入るわけにもいかず、女房と子ども(娘)を二日ほど野宿させた。トイレを借りに近くの学校に行ったら、「ここは避難してきている皆さんのトイレですから、部外の人は使ってもらったら困ります」と言って怒られた。後で避難者の管理が大変だったため制限されたのだとわかったが、「ならば、どこでトイレするというのか」。神戸駅に走って行ったらシャッターが降りていた。神戸高速道路に行ったら道路が陥没していた。しょうがないから家族四人ともポリバケツでした。こうした苦労の中で、実は避難所の自主管理がきちんとしてきて、そこのチームの管理が進めば進むほど部外者に排他的になるという問題が出てくるようだ(近藤衛一)p.71

 このあたりは難しいねえ。実際、管理の手間もあるだろうから、部外者ウェルカムってわけにはいかないだろうし。

トイレ改善の声―共同通信社の調査 地震から四日目の二六日に、「共同通信社」が避難所で一三〇人にアンケート調査した。この中で避難所の改善を要望する声については、「トイレを改善してほしい」という声が五五・九%にのぼり、約六割の避難者がトイレに困っていることが判明した。面接による具体的な声としては、「トイレが不衛生だ」「トイレにいつも行列ができている」「トイレの数を増やして欲しい」「足が悪いので洋式トイレにしてほしい」などというものであった(平成十六・一〇・二七付け東京新聞朝刊・日本経済新聞朝刊)。p.161

 中越地震の時。この時もトイレが大変だったようだ。

 エコノミークラス症候群の疑いがあるとされた死者が、地震発生から六日目の二八日に初めて出た。四八歳の女性(川西町)で車中泊者だったが、七日目の二九日にも二人目の車中泊者の死者が出て、水分不足の絡みからトイレ問題の深刻さが強調されていた。その記事には、吉川純一・大阪市立大学教授(循環器内科学)の話として、「エコノミークラス症候群の主要因は、水分を充分にとらず血液が凝縮された状態になること。―中略―阪神の経験でも困ったのは食べ物よりトイレ。簡易トイレの設置は何よりも急ぐべきだし、被災者は水分の摂取は不可欠と心にとめてほしい」との談話を載せていた(以上、平成一六・一〇・三一付け朝日新聞朝刊)。
 「食事を控える」はいいとしても「飲料水を飲まない、我慢する」というのは、阪神・淡路大震災でも深刻だった。教訓は生かされなかったとしかいいようがない。水分や食事を摂らないようにすることは、つまり、「トイレが不自由だから排泄をコントロールしたい」との一心でのことだ。このこと一つとってもトイレ問題は生存権にかかわる大変重要なことだということだ。p.163-4

 本当に生死にかかわることなんだな。

 災害用トイレには一長一短ある。これは当然だ。「便袋」に限らずダンボール型のトイレやポータブルトイレなどでも特別な部屋の中とか囲いがあるなど他人に気をうかう必要のないエリアでないと、容易には使えない。「囲いづくり」は言うはやすく実際には難しい。
 急な排便・排尿のときでも「便袋」を取り出したものの排泄行為の場所はやはり選びたくなる。簡易な椅子式トイレに囲いを設定しておくことは造作の点や既成品購入の点でやはり難しいのか。阪神・淡路大震災の教訓は生かされなかったということだ。
 結局、住民にとっては、普段から仮設型・組立式・簡易型といった災害用トイレの使用方法を認知していて使う心構えがないと折角の準備も無駄になる。しかも、発災初期の混乱時とはいえ一定の場所にトイレエリアを作る作業を怠ると、一時的にせよあちこちに勝手に排泄する減少起き、衛生面・生活面が無秩序化してますます排泄物だらけになるということは、阪神・淡路大震災では多くの学校のグランドや公園などで体験したことだ。やはり、人の動きに合わせたトイレエリアの設定が必要なのだ。p.173

 それは一面無理もないことだ。人それぞれのトイレ観は、トイレ様式に合わせた日常のトイレ作法やトイレモラルなどトイレとのお付合いの中で習慣化したからだ。だから、非日常的なトイレ製品を多少でも使うか馴染むかしていれば、つまり普段に認知していれば、新潟県中越大震災で「便袋」が嫌がられるということはなかったかもしれない。「便袋」の善し悪しは別としても、登山家たちの間では山での便袋の有用性は充分認知されているからである。p.176

 普段からの準備の重要性。まあ、人間、やったことがあることしかできないものだし。

トイレ要員がいない 新潟県中越大震災では、避難者のためのトイレのことを短時間で企画立案したり避難所などでのトイレ使用問題の一切を気づかう人(「トイレ要員」)がいなかった。阪神・淡路大震災であれだけトイレの大混乱が報道されその後も自治省消防庁(当時)の通知(本書六〇頁-六一頁参照)がなされていたにもかかわらずだ。
 避難所でトイレの実情を聞いても、ある小学校の避難所では市の職員(男性)が、「トイレのことは(設置の)数が足りているから誰からも文句は出ていない」と言っていたが、すぐに近くにいた老人から、「何言ってるんだ。あんなトイレ使えんぞっ」と怒鳴られる始末。p.179

 専任者の必要性。

トイレ対策の柱とは 被災地のトイレ対策に関しては、とにかく震災初期の対応に必要な避難所対策用のトイレの備蓄を進める(発災直後からすぐ必要となる)ことが一番の柱になると考える。
 トイレ備蓄は、各避難所ごとに行う分散備蓄とすべきだ。避難所のトイレ対策としては「大型の組立式仮設トイレ」が必要であり、在宅避難者に対して配布するためには「便袋」「凝固剤」をと用途を絞って進めることが必要だ。簡易型のトイレについては、樹脂性などのしっかりした物(捨てられない製品)ではなく、ダンボール製等の後処理(燃やす、ゴミとして出すなど)しやすい製品を備蓄する。
 また、簡易型トイレや便袋・凝固剤は、発災後七日-一〇日目あたりからの需要が出てくるため、備蓄量は少量でもトイレ支援体制をしっかりすれば、ある程度の不足はカバーできると思われる。
 さらに、今回の地震ではそのほとんどのマンホールが使用できない状況となっていた。このことを考えると、マンホール利用型の仮設トイレを災害時トイレ対策の柱の一つとして考えるのは、危険であると言わざるを得ない。
 マンホールトイレは、トイレ対策の柱としてではなく、補助的に備蓄しておくに留めるのが賢明であると考える。p.185-6


快適仮設トイレの出現と期待 この新潟県中越大震災のトイレ事情の中で何よりも注目を集めたのは「自己処理完結型トイレ」だった。
 「水循環型の仮設トイレを設置してくれませんか?」
 一一月初め、川口町の教育委員会が東洋建設(株)(本社:新潟市)に要請した。同社が窓口になって、東京・千代田区の(株)オリエント・エコロジー(藪下貴弘社長)が自社開発した屋外トイレユニット「せせらぎ」を無償提供することとなった。
 川口町の水道はまだ復旧していなかったが、電気は一〇月末に通電していた。早速、藪下らは、町内の田麦山小学校一基、川口小学校一基、川口中学校一基、計三基を搬入して設営した。これは、世界遺産に登録された屋久島に鹿児島県が設営している「(再生水)常流循環式トイレ」と同型のものであった。
 このトイレにはし尿の臭いがない。便器には水がチョロチョロ出ていた(還流していた)。処理水が循環していたのだ。
「快適なトイレが来たよっ!」子どもたちの利用者は大変喜んだ。トイレ掃除はボランティアと子どもたちの仕事だった。ブース内の壁には使用上の注意の張り紙もした。使い方はとても丁寧だった。
 十一月十八日のNHKの朝のニュースでも大きく取り上げられた。使った子どもたちの感想はー。
「いつも水がチョロチョロ流れていて気持ちよく使えた。」
「臭いもないし使いやすかった。」
 要するに、辛い避難生活を送る人たちにとって気持ちのいい快適なトイレだったということだ。
「汚泥の処理はどうしましたか?」と聞いてみた。十二月十日にこのトイレ建屋を重機で撤収作業をしながら担当の藪下が灌漑を込めて答えた。
「三つの避難所の三台とも汚泥の処理は設置一カ月間に一回もなかった。このトイレは
五千回まで使用できます。今回は三千回以上使っていました。水の循環型トイレだから三千回使ってもきれいだったということですね。」
 このトイレは、電気(100V)が必要となるから停電中に用意しておき通電後に直ちに使用するといい。もちろん、小型発電機を使えば停電中もトイレを稼働できる。常流循環式だから排水設備はいらないから、設置場所は外ならどこでもいい。臭気がないから大勢の人が出入するところでもいいのだ。
 災害時こと快適なトイレを使いたい。それが常識になるときが必ず来るように思われた。p.198-200

http://www.toyo-const.co.jp/orieco/catalog.html
 こういうのやユニットタイプのバイオトイレなんかは、ずいぶん快適に使えそうだ。ただ、値段が高そうなのが最大の問題だろうな。一基で数百万するそうだし。

 一方、地震のそのときには行政も他人もあてにはできないから、住民一人ひとりは、排泄を自己管理する心構えと作法を日常の生活習慣にしておくべきであり、次の物を常時傾向しておくべきである。また、自宅にも常備すべきだ。


自己管理トイレ用品 ポケットティッシュ(20枚入り2袋)、ビニール袋(大8枚程度)、紐または輪ゴム、ウェットティッシュ(10枚入り1袋)、凝固剤・消臭剤(少々)、生理用品(ナプキン数枚-女性)、ペットボトル(小一本)―など
p.226

 常時携行はともかくとして、ある程度の備蓄は必要だろうな。凝固剤と袋50セットで二万円程度するらしい。

アメリカの災害時トイレ危機管理 アメリカでは、アメリカでは国や州が応急トイレ対応(避難所トイレ危機管理)を実行している。アイオワの大洪水の時やノースリッジ地震のときなどに、米国危機管理庁(FEMA)が被災地に最も近い仮設トイレ業者に連絡して必要数量の仮設トイレ設備のほか清掃用具と要員を整えさせて被災現地に駆けつけるというシステム(レンタル方式)がとられていた。
 つまり、要請のあった仮設トイレ業者が被災している現地に出向いて仮設トイレ群を設営すると、ここが「避難所」としての機能を開始するが、併せてここが「救護所」として機能を果たすこととなっている。仮設トイレ会社が、仮設トイレ設備と合わせて派遣した清掃要員や監理要員が避難所トイレの一切を管理するのである。やがて、避難解除になると、仮設トイレ業者は仮設トイレの清掃を終えてFEMAからの委託業務を終了するが、ここに要した経費の全てはFEMAに請求して清算するのである(図参照)。
 このアメリカの迅速な応急トイレ対応は、被災者の健康と人権を重視していることによるが、日本の場合は、さしずめ被災地の都道府県の災害対策本部が応急トイレの責任官庁として応急トイレ対応を実行すべきであろう。p.277-9

 FEMAのトイレの対応のしくみ。丸投げである意味手早いな。ただ、ハリケーンカトリーナのような事例では、機能したのだろうか。
 そう言えば、中越地震で必要ないかと思いはじめていたが、東日本大震災のような広域被害を考えると、調整機関として日本でもFEMA様の組織は必要だよなあ。専門家を常時抱えておくのは都道府県では苦しいというか、経験値が上がらなさそう。


関連:
避難所のトイレ:被災地の水道、バキュームカー、下水処理場被害の影響
災害トイレ情報ネットワーク
 東日本大震災でも、トイレに深刻な問題があったようだ。下水施設が壊れて、バキュームカーも被災してしまうと、厳しいな。
 そう言えば、仮設住宅では室内に洗面・トイレ・入浴設備が作られるが、も上下水が接続されるまでは使えないらしい。そう考えると、本書で紹介されていた常流循環式トイレなんかは、便利かもな。