リチャード・シュヴァイド『ウナギのふしぎ:驚き!世界の鰻食文化』

ウナギのふしぎ―驚き!世界の鰻食文化

ウナギのふしぎ―驚き!世界の鰻食文化

 欧米のウナギ食文化やウナギの流通を扱ったルポ。特定地域のウナギ食文化の現地取材とマクロなウナギの紹介が並行して描かれる。「世界の」とついているが、基本的にはアメリカ、イギリス、スペインという著者のホームグラウンドだけしか取材していないのが最大の欠点。ヨーロッパ内でも、北欧やオランダ、フランス、イタリアには独自のウナギ食文化があるようだし、特にオランダはヨーロッパ域内のウナギの流通に重要な役割を果たしているように見えるだけに残念。中国あたりのウナギ食も言及されない。しかし、欧米から見たウナギってのは興味深いな。つーか、アメリカではウナギ食文化が絶滅しかけているのな。
 アメリカの東部の漁師の生活やそこからの流通を中心に、スペイン、イギリス、そして過去のアメリカのウナギ食文化へと筆が進み、最後は養殖の話。やはり消費量の七割を占める日本の存在感の大きさとアメリカのウナギ漁がヨーロッパの市場に依存している状態。あとは、アメリカ東部の沿岸から汽水域あたりで漁業をやって生計を立てている人々の生活の描写が非常に興味深い。つーか、東部でも田舎は相当田舎なんだな。あと、細かいところではアメリカではウナギを獲るわなを針金で作り、イギリスでは細い木を使っているあたりに、蓄積の深さの差を感じる。
 やはりアメリカ人に向けて書かれたためか、アメリカ関係の記述が多い。アメリカでは、
20世紀前半あたりまでは盛んにウナギが食べられていたが、現在はまったく食べられなくなり、東アジア系の料理店向け以外はほとんど需要がない状況だという。他には国内の需要としてはシマスズキの釣りの餌として小型の個体が売れるという。また、ドル高傾向のため、ヨーロッパでの需要も頭打ちの状況にあるという。
 第三章ではスペイン、第四章ではイギリスの状況を描いているが、スペイン、バスク地方のウナギ食文化も興味深い。バスク地方シラスウナギ料理はわりあい著名だが、同地方では成魚はまったく食べないという。で、そのシラスウナギ料理「アングーラス・ア・ラ・ビルバイーナ」というのは、シラスウナギをオリーブオイルで炒めたもので、ニンニクと辛くないトウガラシで香付けすると。これが、2000年頃で70-80ドル、少なく見積もっても一皿5000円以上という高級料理。クリスマスに食べるのだとか。で、現在はすり身を使った代用品もあるとか。ついでに第三章では、ウナギ研究の歴史にも言及している。
 続いては、北アイルランドのネイ湖のウナギ漁とその保護政策。この湖のウナギは、ヨーロッパ一の評価なのだとか。現在、ネイ湖のウナギ漁は漁業組合によって支配されているが、元はイギリスの貴族に領主権が与えられていたこと。IRAの独立闘争の過程で、その圧力もあって地元漁師の組合に漁業権が売却されたという。しかし、ここを含め、シラスウナギの遡上量は減少しつつあるという。後半はロンドンのかつてのウナギ消費。19世紀のロンドンではウナギが大量に消費されていたとのこと。しかし、戦後、人口の移動の結果、ウナギ食文化は衰退し、扱い量も減少しているそうだ。紹介されている料理としては、ウナギのゼリー寄せ(本書ではウナギの煮こごり)やウナギの煮込み、ウナギのパイなどが紹介されている。屋台などで売られる庶民の食べ物だったようだ。また、第五章はウナギの生態にも言及している。ウナギが川を遡上して、河川で長い時間をかけて成長する。また、ウナギには、各河川に生息する集団間で遺伝子の差異がないため、遡上する川の選択は偶然に頼っている可能性が高いという。後は生きた餌しか食べないとか。
 第六章はアメリカのかつてのウナギ食文化とその消滅について。アメリカでは先住民は盛んにウナギを利用し、ヨーロッパ人の入植者もウナギを貴重な食料としてよく利用していたこと。むしろ、好んで食べていたという。ヨーロッパからの移民も、世代が変わるとウナギ料理をしなくなるという。燻製にして保存食料にしていた開拓時代の状況、冬に冬眠しているウナギをヤスで突いて獲るやり方が比較的最近まで残っていた状況、様々な料理書に取り上げられていたウナギ料理が、20世紀の後半になるとウナギ料理の記載が消滅していく状況。あとは、河川の汚染が進んで、ウナギの体内に蓄積されらPCBなどの化学物質が、食べるのに適さないレベルになっている状況がウナギ食文化の衰退をもたらしたのではないかという指摘。ウナギは、化学物質を体外に排出する機構を持たず、化学物質の汚染に弱いと指摘する。
 第六章はウナギの養殖について。ウナギの養殖の難しさとしては、ウナギが餌を選り好みすることがあげられている。養殖用の飼料はほとんど食べないという。また、アメリカ国内に需要がないため、アメリカ国内では養殖はなかなか定着しないという。また、日本のウナギ需要がシラスウナギアメリカにおける養殖に対するインパクトの大きさなど。大量のシラスウナギが、日本向けの養殖用に中国へ輸出されているという。結果として、それが、シラスウナギの減少とワシントン条約による輸出入の規制の提起ということになっているわけだな。紹介されている設備投資の大きなウナギ養殖業も興味深い。


 以下、メモ:

 外から見ているだけでは、ヨーロッパウナギアメリカウナギの区別はつかない。肉眼で確かめられる唯一の違いは脊椎骨の数で、ヨーロッパウナギは114個前後、アメリカウナギは107個前後である。味はどちらもほんとど変わらない。こってりとして、魚独特の風味に溢れ、いろいろな方法でおいしく料理されている。食材としてのウナギはヨーロッパ中でおおいに愛され、珍重されているといってもいいくらいだ。とくにウナギをたくさん消費するのは、スカンジナビア諸国、オランダ、ベルギー、ドイツ、フランス、そしてイギリスだ。スペインやイタリアなどの地中海諸国でもよく食べられているし、東欧でも、ハンガリーブルガリアポーランドなどでウナギは好まれている。ある養殖関係の雑誌によると、ヨーロッパの北部だけで年間およそ1万トンのウナギが消費されているという。p.34-5

 ヨーロッパにおけるウナギ食文化の広がり。広い範囲で食われているのな。

 早くも1066年には、イギリスの土地台帳にウナギ漁のことが書かれている。セヴァーン川という川では、一度に2000匹も上がる日があったそうだ。14世紀の本『フラムの桟橋』には、当時、若いウナギの肝だけを取りだして残りは捨てる習慣が広まっていたと記されている。若いウナギだと、肝以外の部分は料理に向かないという理由らしい。p.38-9

 中世イギリスのウナギ食の話。1066年の土地台帳って、ドゥームズデイブックのことかと思ったが、あれは1085年のものらしい。ただ、1066年はウィリアム1世イングランド征服の年だから、やはりドゥームズデイブックのことなのだろうか。

 ニュース川は、工場や農家から出る排水に加えて自治体の下水が流れこむ場所でもあるため、何十年も前からさんざん痛めつけられてきた。1960年代以降は、汚染がひどすぎて何度か川での漁が禁止されている。殺虫剤のDDTから、フェステリア・ピシシーダと呼ばれる猛毒の藻類まで、ありとあらゆる危険なものがどっさり見つかったのだ。沿岸河川の水がつねに汚れているとウナギにどのような影響が及ぶのかは、ほとんど明らかになっていない。ウナギは頑丈な生き物なので、水中の酸素濃度が極端に低くても泥の穴にもぐって生きのびることができる。現に、川や湖の酸素濃度が著しく低下してほかの魚が大量死しても、ウナギは無事だったという事例はいくらでもある。あいにく泥のなかは、川に流れ込んだ重金属や農薬が溜まりやすい。それらとウナギとの関係に着目した研究は数えるほどしかないが、1993年にギリシアヨーロッパウナギを調べたところ、重金属であるカドミウムがウナギの肝臓にとりかえしのつかないダメージを与えているのがわかった。1997年にカナダのセントローレンス川に住むアメリカウナギを調べた研究では、有機塩素化合物によってウナギにいろいろな異常が生じうることが指摘されている。また、許容レベルをはるかに超えるPCB(ポリ塩化ビフェニル)とダイオキシンがウナギの体内に蓄積されている例も、いくつかの調査を通じて世界中の河川から見つかっている。p.73-4

 ウナギはニューヨーク州の東部を流れるハドソン川でも捕れ、そのこってりとした風味は昔から珍重されてきた。ハドソン渓谷に移住したフランス人のJ/へクタ―・セント・ジョン・ド・クレヴクールは、著書『アメリカ農夫の手紙』(1782年)のなかで当時の冬支度をこう綴っている。「どの家庭でも、手に入った肉や魚やウナギの半分以上を燻製にしている。冬の保存食にするためだ」20世紀に入ってからもハドソン川のウナギ漁は続いていた。だが、ニューヨーク州は1976年に、ウナギ漁だけでなくハドソン川でのあらゆる商業漁業を禁止する。川で捕れた魚から高濃度のPCB(ポリ塩化ビフェニル)が検出されたためである。ゼネラルエレクトリック社が1930年だから多量のPCBを川にたれ流していたのだ。川から上がった魚、とくに川底に住む魚を頻繁に食べないようにと、市民に勧告が出される。ただでさえウナギの人気はくだり坂をすべり落ちていたのに、これでますます拍車がかかった。泥のなか住むぬるぬるしたウナギ。人間が食べるには適さない魚。こうしたよからぬイメージは、禁漁のせいでいっそう定着する。しかも、河川の汚染がさまざまな地域で問題になるにつれ、たんなる毛嫌いを超えて、ウナギを嫌う立派な理由ができてしまった。p.182-3

 なぜシラスウナギセントローレンス川に入ってこなくなったのかをめぐって、いくつもの説が出されている。大西洋の潮の流れが変わったのではないか、シラスウナギの数はもともと増減をくりかえしていて、今はたまたま減る周期にあたっているだけではないか。だが、やはり水の汚染に原因を求める声は多い。セントローレンス川の上流と、川の水源であるオンタリオ湖は、若いウナギが腰を落ちつけて銀ウナギに成長する場所である。その水底に、重金属や有機塩素化合物が溜まっているのは紛れもない事実だ。この流域は北米で最も工業化が進んでいるため、汚染の度合いも群を抜いている。水銀、鉛、カドミウムといった重金属と、有機塩素系の農薬やPCBとが、ごたまぜになって水底に沈んでいる。
(中略)
しかし、セントローレンス川を下る銀ウナギからは、このところ脊椎の奇形や肝臓の病変が異常に多く見つかっている。p.185

 ウナギと環境汚染の関係。高次の捕食者であるだけに、汚染物質が蓄積しやすいのだろうな。中国産のウナギはどんなふうに汚染されているやら。そう考えると、養殖ウナギの方がまだ、汚染は少なそうに思えるな…
 つーか、五大湖の魚とか食いたくねえ。

 もっとも、シラスウナギを食べる習慣は広い地域で見られるわけではなく、おとなのウナギは好んで食べてもシラスウナギは食べない国も少なくない。考古学の研究によれば、ウナギはきわめて古い時代からヨーロッパで食べられていたらしい。イギリスにあるケルト人の遺跡からも、フランス旧石器時代の遺跡からも、ウナギの骨が発掘されている。ところが、シラスウナギを食べていた証拠は見つかっていない。丸ごと口に入れるものだから何も残っていなくても当然かもしれないが、文書にもほとんど書かれていないのだ。過去2、3世紀のあいだにシラスウナギを食べたことがはっきり記録されているのは、イギリスのセヴァーン川流域、フランスのロワール川流域、イタリアのコマッキオ潟周辺、そしてスペイン北部だ。古い時代については、1667年にイタリアのピサの川で1400キロ近いシラスウナギが捕れたという記録が残っている。ピサの人たちは今でもシラスウナギが大好きで、あっさりとしたトマトソースを絡めて、おろしたパルメザンチーズをかけて食べるのが人気だ。p.103

 シラスウナギ食の分布。ピサでも食ってるのか。

「時代が変わっちまったんだろうな」ある日の朝8時、店のまわりのコンクリートの床をホースで洗いながらミックはつぶやいた。彼は毎日、午前2時半に起きている。「昔はな、金曜、土曜、日曜といったら、パブの前や市場に小さな屋台が出て、氷で冷やした〈ウナギの煮こごり〉を売ってた。みんな行列をつくって買ったもんよ。今はどうだい。子供は毎日いろんなところでファストフードが食える。おれの〈ウナギの煮こごり〉は。6年前は週に2200パック売れたもんだが、最近はその半分さ。あと6年したら、そのまた半分になるだろうよ。生きたウナギはどうかって?そんなもん忘れちまいな。生きたウナギを買うやつなんざ、ロンドンに10人いるかいないかだ」p.138

 ロンドンのウナギ食文化の衰退過程。よく考えると、英米アングロサクソン系の国でウナギ食文化が衰退しているんだよな。なんか共通した社会背景でもありそうだ。

 その当時からすでに、貴族の料理といえばパリが西ヨーロッパの中心地だった。フランス人はウナギとのつきあいも長く、先史時代から食べていたことがわかっている。13世紀の中頃には、香辛料をきかせた小さな〈ウナギパイ〉がパリの街角で飛ぶように売れていた。パリの街頭で販売された出来合いの料理としては最古の部類の入る。古い時代の料理本にもウナギは取りあげられていて、そのひとつ、14世紀パリの家事手引書ともいうべき作者不詳の『パリの家事』(1394年)には、〈ウナギのおかゆ〉のつくり方が紹介されている。p.145

 「ウナギパイ」というと、現在の日本ではまったく別のものを想起するなw

 世界中で大勢の人が、シラスウナギから銀ウナギまでさまざまな段階のウナギをせっせと捕っている。これで一生をまっとうできるウナギがいるのかと、危ぶみたくなるほどだ。だが、実際は多くのウナギが網を逃れている。ほとんどのシラスウナギは無事に川に入り、流れをさかのぼってから何年もかけてゆっくりと成長する。その間、夏は旺盛な食欲を満たすために夜ごと餌をとり、冬は泥にもぐってじっとしている。ウナギが成熟して銀ウナギになるまでの期間は平均して9年から10年といわれるが、場合によってはそれよりはるかに長い。1987年と88年の2年間、アイルランド西部で川を下る銀ウナギを詳しく調べたところ、年齢には8歳から57歳までばらつきがあった。生殖に適した体になるまで
57年もかかるというのは、そんな生物の基準で考えても非常に遅いといっていい。p.149

 57歳。つーか、ウナギって成長が遅い生きものなのだな。天然ウナギって、本当に貴重な資源なんだなと思った。

 アメリカでも昔はウナギが愛されていた。ウナギを釣りあげたとき、おいしい食事を思いうかべて笑みがこぼれていた時代もあった。今のアメリカ人は、ウナギを釣りあげるなりがっくりと肩を落とす。そのくせこの国では、ナマズの養殖が年に4億5000万ドルもの売上をあげる一大産業に発展している。ナマズもウナギも、水底の泥に住む仲間だというのに。ヨーロッパでは正反対だ。ウナギの養殖は重要な産業であり、天然ウナギが釣れれば釣り人は満足するが、ナマズには養殖であれ天然であれまったく関心がもたれていない。p.208

 ナマズが好きで、ウナギが嫌いというのも不思議な国民性だ。

 1990年から2000年にかけて、日本での天然ウナギの漁獲量は減るいっぽうなのに、人口ひとりあたりのウナギの消費量は増えつづけてきた。加工ウナギの消費量も、1990年の約4万4000トンから、2000年には約12万トンと3倍近くになっている。増えた分の需要を満たしているのは、養殖ウナギである。p.213

 やはり、スーパーなどのパック詰めのウナギの消費量が増えているのだな。つーか、そればっかり増えている感が。