山本智之『海洋大異変:日本の魚食文化に迫る危機』

海洋大異変 日本の魚食文化に迫る危機 (朝日選書)

海洋大異変 日本の魚食文化に迫る危機 (朝日選書)

 なんか、ものすごく読むのに時間かかった。『北極大異変』の次に読み始めたから、一週間か。で、次々と他の本に追い越されていく。後半特につらい。というか、環境問題、既に絶望的な段階に至っているような。海洋の酸性化とか、どうにかできる状況ではないと思うのだが。化石燃料依存は、当面変えられないだろうし。


 身近な話題から、徐々に広い話に。
 第1章は海産物が温暖化や埋立、外来種によって、資源枯渇に追い込まれていく状況。第2章はウナギの話。シラスウナギの乱獲と気候変動による海流の変化で幼生が東アジアまでたどり着かない可能性。第3章が外来種問題。第4章はサンゴの白化と生息地の移動。第5章が海洋の酸性化問題。第6章が海産資源の乱獲問題。第7章が海洋の汚染問題といった構成。総花的で、トピックの構成が雑然としている感じはする。一方で、海洋をめぐる環境問題は網羅できる。つーか、後半のトピックの深刻さが。


 第1章は、貝の問題がメイン。かつては当たり前だった蛤が、絶滅寸前になっている状況。内湾の一番奥が生息適地のハマグリは、都市に近かっただけに、生息地が開発対象にされて激減。外洋性のチョウセンハマグリは、外洋の港の建設や砂の供給減で数を減らしている。それを埋めるために、東南アジアからの近縁種の輸入が増えている。同様に干潟の減少でアサリ貝も減少。東京湾外来種のホンノビスガイが増えて、それが商品になっている状況。
 日本近海の水温上昇で南方の魚の生息域が北に拡大したり、イワシの小型化の予測やサケが日本近海にすめなくなる可能性などが紹介される。


 第2章はウナギの問題。長年謎だった産卵場所の探求、シラスウナギの乱獲問題、生息地の破壊、完全養殖の研究などなど。かなりトピック豊富。しかし、「完全養殖」が経済的意味を持つようになるためには、まだかなりハードルが高そうだな。稚魚の餌をどうするかが一番の問題。養殖用にウナギを輸入して、経済的に引き合わないから捨てた。で、それが野生化って、いい加減にしろって感じだな。ニホンウナギだけではなく、ヨーロッパウナギをはじめ、多種多様なウナギが蒲焼として流通している状況。ビカーラ種以下の東南アジア系のウナギ類は、早い段階で一切輸入禁止とするべきだと思う。あっという間に資源が枯渇するんじゃなかろうか。


 第3章は、外来種問題。船のバラスト水や船底について、フジツボなどの定着性の生物が、大量に入り込んでいること。海の中は、既に外来種がはびこりまくっているとか。ココポーマアカフジツボと呼ばれる外来種が、在来種を駆逐する勢いで増えまくっている。有害プランクトンが海外から持ち込まれるといった状況。一方、バラスト水の規制は、始まったばかりと。規制条約を受け入れていない国からの船が、持ち込む状況は依然として続くわけか。一方、日本から出て行った種が、海外ではびこりまくる状況もあると。ワカメやアオサが、ニュージーランドあたりで大繁茂しているとか。獲って、日本に輸出すればいいんじゃないですかね。
 あと、捨てられた観賞魚が野性化する問題。


 第4章はサンゴの白化。沖縄諸島などの従来のサンゴ礁で、共生する藻類が死んで、生きていけなくなる、白化現象が繰り返されているという話。藻類が出て行くというイメージだったけど、死んじゃうのか。他にも、オニヒトデや赤土の流出など、サンゴ礁が脅かされている状況。一方で、本州では、サンゴが黒潮に乗って北に生息域を広げている。
 あとは、サンゴの人工増殖のトピックとか。
 海洋の酸性化で、結局、日本近海でサンゴが生息できなくなるって話も後で出てくるし。単純に北に拡大していけるわけではない。


 第5章は、海洋の酸性化。
 これが一番「大異変」だな。この問題から、人間による大絶滅が急速に進むかも。人間が放出した二酸化炭素のかなりの部分を海洋が吸収している。それによって、大気の温暖化はある程度抑制されるが、一方で、急速に海洋を酸性化させている。数字の変化が意外と急なのに驚く。割と、待ったなしというか、もう影響が出始めているのではなかろうか。プランクトンから貝類、サンゴ、ウニといった殻を作る生き物全般に影響してくる。生態系全体の変化が危惧されると。


 第6章は、魚介類の乱獲問題。南極では、白身の魚として流通するマジェランアイナメの乱獲が進んでいると。寒冷な南極の海では、海洋生物全般の生物の成長が遅く、商業ベースで獲ると、あっという間に減少し、回復しないかもしれない。一方で、中華料理に利用されるフカヒレやナマコも資源量を減らしていると。ガラパゴス諸島では密猟が横行して、資源が消滅しかかっている。今問題になっている辺野古沖は、新種の海草類やジュゴンなどの貴重な生物の生息域になっている。あるいは、マグロの資源管理。そして、エコラベルの話題など。


 第7章は、さまざまな化学物質やプラスチックが、生態系に残り続ける状況。海水を濾しとって、プランクトンやさまざまな成分を食べるムール貝。侵略的外来種であるムール貝が、化学物質の汚染状況をモニターする手段として、重宝されている現状。ムール貝の肉体に含まれる化学物質を調べることによって、長期的な化学物質による汚染を明らかにできる。なかなか消えないDDTといった現状。
 あるいは、東京湾の貧酸素水塊。東京湾って、ちょっと前まで、というか、現在でも都市で使われる化学物質が流れ込みまくっているんだよな。そう考えると、「江戸前」の底魚とか、ちょっと怖い気分も。
 屎尿に含まれる人間の女性ホルモンが、下水処理の過程で再活性化して、ボラに影響を与えているとか、有機スズ塗料が、巻貝の生殖に悪影響を与えるなど、微量の汚染物質が引き起こす生物への撹乱。
 東日本大震災に伴う原発事故による、放射性物質の汚染問題。さらには、プラスチックゴミが、深海まで達して、汚染している状況。細かいプラスチックの粒子が、生態系を通じて、人間の食べ物として戻ってくる可能性を、そろそろ懸念しないといけない感じだな。
 原材料となるプラスチック・ビーズが化学物質を吸着・濃縮し、それを食べた動物の肉体を高濃度に汚染する。プラスチックの汚染問題も深刻すぎる。つーか、ゴミになりやすいビニール袋や包装なんかは、生分解プラスチックへの切り替えを強力に進めるべきだし、砕けやすい発泡スチロールはそもそも、利用を抑制すべきだと思う。
 あと、海洋上を漂うプラスチックの回収やマイクロプラスチックを回収する技術の開発などが必要だろう。砂浜の細かいプラスチックなんかは、静電気で何とかできないだろうか。


 以下、メモ:

 高度成長期に比べてきれいになったとはいえ、東京湾では現在も、酸素の濃度が極めて低い「青潮」が発生し、在来種のアサリなどの貝類が大量に窒息死する被害が繰り返されている。これに対し、ホンビノスガイは、アサリの6割が死んでしまうほど海水中の酸素が少ない条件でも生き続けることが、飼育実験で確認されている。ホンビノスガイは、低酸素の厳しい環境条件に耐える生命力の強さを背景に、アサリや「バカガイ」(Mactra chinensis)などの日本の在来種の貝が生息しにくい海域でも、繁殖を繰り返しているのだ。p.10

 東京湾、いまだ清浄ならずか。
 環境汚染が、外来種の繁茂の条件をつくってしまっていると。

 実は日本では、養殖のために1960〜70年代、ヨーロッパウナギの稚魚が大量に輸入された時期があった。しかし、ヨーロッパウナギは成長が遅く、日本の養殖方法には適さなかった。養殖しても成長が悪い個体を、養鰻業界の言葉で「ビリ」という。ヨーロッパウナギも、こうした「ビリ」として、各地の川や海などに捨てられた。このほか、資源保護のための放流にヨーロッパウナギの稚魚が使われていたケースもあったらしい。こうしてヨーロッパウナギたちが、すみ着いてしまったのだ。p.82

 流石に、1960年代あたりの個体が生き残っている可能性はないだろうと思ったけど、ウナギってかなり長生きの生き物なんだよな…

「ここはまさに、外来種の銀座ですよ」と岩崎さん。物流の拠点として国内外の船舶が大量に行き来する東京湾は、日本の中でも特に海の外来種が多い場所だ。一般社団法人日本船主協会によると、東京湾に入港する外国航路の貨物船やタンカーなどの延べ数(2012年)は、年間で2万4000隻を超す・
 東京湾アクアラインの橋げたの下に潜ったら、もともと日本にはいない外来種のホヤがびっしりと付着していた――。東京湾の海に何度も潜水している水中写真家の中村征夫さんに以前、そんな話を聞いたことがある。アクアラインを行き交うドライバーには知る由もないが、私たちの目に触れにくいだけで、東京湾の水面下には様々な外来種がすみ着いている。中村さんによると、白っぽい色で細い脚を持つ米国原産の「イッカククモガニ」(Pyromaia tuberculata)も、東京湾のヘドロの海底を群れになって這い回る姿が見られるという。
 開発や汚染が進み、もともと日本にいた在来種が生息しにくくなった海域に、適応力の強い外来種が入り込み、定着しているという側面もあるようだ。p.102-3

 東京湾は、外来種でいっぱい。
 人間活動が、外来種にニッチを空けてやった側面もあるのか。

 放流による生態系への悪影響が指摘されているのは、観賞魚だけではない。観賞用の海水魚と一緒に水槽に入れられることがある海藻類も、外来種化して問題を引き起こすことがある。その典型例が、地中海に出現した「殺し屋海藻」である。
 この海藻は緑藻の一種で、正式な名前は「イチイヅタ」(Caulerpa taxifolia)という。美しい緑色をしているため、水槽に入れるとよく映える。このため、趣味で海水魚を飼う人々に人気で、各国の水族館でも展示に使われた。
 この海藻は、わずか1センチほどの小さな切れ端からも増殖し、大きく育つことができる。モナコの海洋博物館で飼育していたものが1980年代半ばに地中海に流出。短期間に海底をびっしり覆い尽くし、在来の生態系を変えてしまったことから「キラー(殺し屋)海藻」と呼ばれるようになった。
 イチイヅタはもともと、熱帯や亜熱帯の温暖な海に生える海藻だ。ところが、観賞用に飼育しているうちに、低温に耐え、繁殖力の強い「変異株」が現れた。現地でこの海藻の性質を調べた東京大学大気海洋研究所の小松輝久准教授(海洋生物学)によると、変異株のイチイヅタは水温が10〜15度という低温環境でも枯れずに3ヶ月生き続けることが実験で確認された。こうした特殊な能力をそなえたイチイヅタの変異株が地中海に流出して海底を覆い尽くし、生態系を破壊したのだった。
 変異株のイチイヅタは、地中海の冬を耐えて生き延びるだけでなく、藻体に含まれる毒素の濃度が普通のイチイヅタの10倍以上もあり、魚などに食べられにくいという特徴がある。しかも、鳥の羽のような形をした部分(葉状部)の大きさも、普通のイチイヅタは最大で25センチほどなのに対して、変異株は最大65センチと巨大だ。「殺し屋海藻」が繁茂した海域では、もともと海底に生えていたポシドニアという海草類の群落が駆逐されるなど、海の生態系が激変した。魚の種類や個体数、大きさの減少も報告された。p.122-4

 また、凶悪な生き物が現れたものだな。どうやったら、ここまで生存能力が強い個体が生まれるのだろうか。あと、博物館から流出ってのが、アレすぎる。

 水産庁はサメについて「きちんとした漁業管理をすれば持続的な利用は可能で、ワシントン条約で規制すべきではない」との立場だ。日本は、すでに条約で規制されているジンベエザメ、ウバザメ、ホホジロザメ、ヨゴレ、シュモクザメ類、ニシネズミザメについて、「留保」という手続きをとり、規制を受け入れていない。p.232

 水産庁が「漁業管理」とかw

 台湾ではすでに絶滅したとされ、沖縄にすんでいるジュゴンは、世界のほぼ北限に生き残った貴重な個体群といえる。ただ、その生息数は10頭以下とみられており、まさに絶滅寸前の状態だ。p.234

 辺野古沖のジュゴンの話。これだけでも、埋立ストップって話だよな。こういうのを、アメリカの環境保護団体に話したら、どういう反応をするのだろうか。
 しかし、10頭以下って、もう完全に詰んでいる感が…

 カチカチに凍ったムラサキイガイの身は、機械で砕いて粉末にしたうえでガラス瓶に詰め、長期保存用のステンレス製タンクに入れた。タンク内は液体窒素で零下160度という超低温に保たれている。
 このタンクが設置されている建物は「環境試料タイムカプセル棟」という。必要なときはいつでも、過去のサンプルを取り出して分析ができるように、数十年にわたって冷凍保存を行う。p.274

 未知の汚染物質が発見された時に、その汚染状況を追跡するために、ムール貝が保存されていると。こういう、地道なデータの蓄積は重要。