瀧澤美奈子『日本の深海:資源と生物のフロンティア』

日本の深海 (ブルーバックス)

日本の深海 (ブルーバックス)

 タイトルの如く、日本近辺の深海がどうなっているかを紹介している本。地形、海底の鉱産資源、生物、環境、東日本大震災と深海の5章に分けられている。それほど厚くもなく、さくさく読める一冊。
 第一章の深海の地形散歩が楽しい。北海道から東北まで、海溝沿いの地形。さらには、太平洋の海山に、日本海伊豆半島フィリピン海プレートの移動にともなって日本に衝突した土地であるのは知っていたが、そのためか固有種が多いというのは初めて知った。つーか、富士山の下も断層なのか。襟裳海山周辺に巨大な地滑り地形なんかも興味深いな。海山が海溝に押し込まれる過程で、こういうカタストロフがあると。いつの時代の地滑りなんだろうか。そしてそれで起きた津波はどんなものだったのか。あるいは、四国沖のすでに沈み込んだ海山とか。1946年の南海地震では震源域の拡大を防ぎとめているとか。日本海固有水の話も興味深い。外に出ない水。しかも、大陸からの寒気に冷やされて、沈み込んでいる。それが日本海の漁業資源を涵養しているとか。
 第二章は、海底の鉱産資源。メタンハイドレートに、熱水鉱床、コバルトリッチクラストレアアース泥。まあ、太平洋の海底に鉱産資源がたくさん沈んでいても、それを回収するのにコストがかかるなら、あんまり意味ないよなあ。あと、海底の生態系に与える悪影響も気になるところ。特に海山なんかは、重要な資源となる海洋生物の産卵場所になっていたりするからな。ウナギみたいに。海底の地下にメタンを二酸化炭素からメタンを生成する細菌がいたり、それと二酸化炭素貯留技術を使って、天然ガスを作りましょうみたいな、夢いっぱいすぎる計画なんかも紹介されている。あるいは、東北地方の黒鉱に似たものが熱水鉱床で形成されている話とか、元素が堆積するコバルトリッチクラストとか。国は鉱業開発のリスクを低減する方向に国費を投入するべきか。
 第三章は生物。相模湾駿河湾が特に多様性が高いこと。これは、急激に落ち込んだ海底の谷と、その周辺の起伏にとんだ地形が要因であること。さらに、東京湾から流れ込む栄養素の影響などがあるそうで。意外と、江戸が出来てから流された、さまざまな廃棄物も大きな影響を与えていそうな。熱水噴出孔や深海の発光生物などなど。ロボットで、広範囲を撮影して回るって、なかなかおもしろそうなプロジェクトだな。
 第四章は、深海を世界規模で回る熱塩循環や二酸化炭素の吸収の話。熱塩循環は有名な話だけど、急激に温度が上がっていること。水そのものは1000年以上かけて動いているが、熱の移動はもっと早いこと。気候のモデルをシビアに考え直す必要が出てきているとか。あるいは南洋で深海まで二酸化炭素を届ける渦とか、海洋の酸性化などの話も。
 最後は、東日本大震災後の調査の話。このあたりは、まだ観測途中の話なので、それほど確定的な情報の話は出ていない。震源域の熱や応力の測定の話。あるいは、海底の瓦礫やハビタットマッピングなど、津波の影響を長期的に調査し、そのデータを一元化、漁業資源の安定的な利用につなげようとする試みも紹介される。しかし、深海の瓦礫の三分の一は布団なのか。流されやすいってことなのかね。


 以下、メモ:

 しかし、プレートは年老いてくるほど沈下していくので、火山島もどんどん沈降する運命にある。プレートの沈降に応じて、火山島も水没し、深度を増す。そのうちに、どんなにがんばってもサンゴに光が届かない水深になり、サンゴ礁は緩慢な死を迎える。とはいっても、これは謎である。単純に計算するとプレートの沈降速度は一年に一ミリメートルより小さいのに対して、サンゴの成長速度は一年に一センチメートルほどだ。なぜサンゴ礁は溺死しなければならなかったのだろうか。理由はわからないが、その往時の名残をとどめるのものが、海底下の平頂海山である。前に述べたように、やがて大陸プレートに衝突すると、その下に沈み込んで地球内部に落ちていく。p.40-1

 本来は、海山の沈降よりサンゴの成長速度が速いと。不思議な話ではあるな。まあ、サンゴの成長も、常に一定ってわけではないだろうしな。気候条件によっては、サンゴの成長速度が遅くなる時代もあったのではなかろうか。

 日本海固有水のもう一つの特徴は、その水のなかに表層と同じくらい酸素を多く含む(溶存酸素量が多い)ことである。酸素が多いので、たくさんの海洋生物をはぐくむことができる。
 ところが、最近、日本海固有水に異変が起きている。一九六五年から日本海固有水の観測をおこなっている気象庁のデータから、大和海盆西部および日本海盆東部の一〇〇〇メートル以深の深層水で、水温が上昇し、酸素量の減少が続いているのである。地球温暖化の進行で、日本海固有水の起源である冬の日本海北部での海水の冷却が十分におこなえなくなっているのではないか、と危惧されている。p.56-7

 かにピンチ。そのうち食べられなくなるかも。

 とりわけ秋田県内陸部の北麓地方は、金や銀をはじめとする有用金属を産する日本有数の鉱山として江戸時代から知られ。鉱山の開発がさかんにおこなわれてきた。いったんは衰退したが、戦後日本の高度成長期に新しい地質学の考え方を使って探査したところ、再発見された。この発見によって北麓は再び脚光を浴び、一九八〇年代にすべて掘り終わるまでに、累計では約五〇〇〇万‐一億トンの黒鉱が採取された。いちばん大きいところでは、二〇〇〇万‐三〇〇〇万トンクラスのもの鉱床がいくつかあり、平均すると数百万トンの鉱床だったという。北麓の黒鉱鉱床は巨万の富をもたらしたのである。p.84

 メモ。なんかすごい量だな。それでも掘り尽くしちゃったんだよな。近代文明怖い。

 そのような多様性豊かな深海生物を育む環境は、日本海側にはあまり見られず、太平洋側に特徴的なものだ。この理由に関して、北里博士は次のように説明する。
 日本海は、いまから七万年前にはじまり一万年前に終わった最終氷期のときに、海面が一度ほとんど酸欠状態になったので、いったん海洋生物が絶滅してしまった。現在日本海にいる海洋生物のほとんどは、その後、北の浅い海にいた群集が入りなおしてきたものである。したがって、それほど種の多様性は高くない。歴史の浅い生き物が移動してきているため、分化が進んでいないのだ。p.111-2

 へえ。ヨーロッパみたいなことが起きていたんだな。

 一九五〇年代から六〇年代にかけて相次いでおこなわれた核実験の副産物として、トリチウム三重水素)という、自然にはほとんど存在しない放射性元素が大気中にばらまかれた。トリチウムは水の分子の材料となって海洋に取り込まれ海洋中に広がっていく。そこで世界の海のトリチウム量を計測してみると、太平洋やインド洋では水深数百メートルほどのところにしかトリチウムが存在しないのに、北大西洋の北部では水深四〇〇〇メートルの深海に広がっていることが確認されたのである。このことから、北大西洋北部で海水の沈み込みが起きていることがほぼ明らかになった。
 一九八〇年代、トリチウムの観測に参加したウォーレス・ブロッカー博士らは、今度は世界の海洋全域にわたって放射性炭素C14の調査を開始した。放射性炭素C14同位体の量を調べると、海水が大気との接触を絶ってからどれくらいの時間が経過しているかを調べられるからである。いわば「海水の年齢」である。この結果から地球規模で深層流の流れる方向がおおまかにわかってきた。そして一枚の図を描いた。「ブロッカーのコンベアーベルト」とのちに呼ばれるようになる深層循環の概念図である。p.150-1

 うーん、重要な発見が核実験の副産物だったのか。あと、同位体測定の発展。

 一九九〇年代に、各国の海洋観測チームが分担して、世界中の海の表層から海底までの高精度な観測を行なうWOCE(ウォース:World Ocean Circulation Experiment)という国際観測プロジェクトが行なわれた。その後、日本の観測チームが当時おこなったのと同じ測線に沿って再び北太平洋の観測をおこなったところ、その底層水に異変が起きていることが明らかになったのだ。これは、二〇〇四年のことである。
 なんと、わずか一〇‐一五年で底層水の温度が〇・〇〇五‐〇・〇一℃も上昇していたのである。しかもその原因を調べてみると、ここ四〇年ほどのあいだに、南極大陸の太平洋側に面したアデリー海岸沖の南極海の表層の水温上昇によって、海水の沈み込み量が減り、北太平洋の深層循環にまで影響していることが示された。
 このことは、じつに意外な事実だった。南極海の水が北太平洋の底に到達するまでの時間スケールは千年単位であるから、深海の変化もそれぐらいの時間が必要と思われてきたからである。しかし実際には、南極海の表層の変調が、深層循環を通してわずか四〇年ほどで、はるか北太平洋の底層にまで伝播することがわかったのである。簡単にいえば、深層流の流れる速度は変わらないが、温度が伝わる速度が驚異的に速いことがわかった。p.156-7

 ほへー。厄介な話だな。