潮田淑子『ダブリンで日本美術のお世話を:チェスター・ビーティ・ライブラリーと私の半世紀』

 1960年から、半世紀にわたりアイルランドアメリカで生活。その間に、チェスター・ビーティ・ライブラリー(CBL)に関わるようになり、1980年以降は学芸員となった、著者の回想記。夫がダブリンの高等研究所に所属したことから、アイルランド渡航。小規模な日系コミュニティの中で、日本語教育などに関わっていたら、その生徒がCBL学芸員だった縁で、CBL所蔵の日本美術品の整理に関わるようになる。
 CBLは、鉱山事業で財を成したアメリカ人チェスター・ビーティが、集めたコレクションをアイルランドに寄贈して、設立された美術館。メインはイスラム美術にあるようだが、とにかく質にこだわるという収集方針によって、日本美術に関しても珠玉の名品が集まっているそうな。長恨歌図巻、武蔵坊絵縁起といった「奈良絵本」の名品、佐渡金山図巻、天保八年飢民救恤図巻といった独特の絵巻、私家版で流通していない「摺物版画」など、ここにしか存在しない珠玉の名品が収蔵されている。しかし、江戸時代の版本なんかも含めて、勉強するには欧米の方がよっぽど揃っているってのも、アレだなあ。
 この収蔵品を研究に訪れる学者やさまざまな著名人との交流。奈良絵本研究会議などの国際会議。収蔵品の里帰り展観や修理などで、収蔵品を日本に送るときのあれこれ。貴重な品だけに、日本に輸送する際には、担当学芸員がついていかなければならないという。
 本書は、基本的に、著者が関わった日本美術に関してしか扱われていないが、メインでない日本美術のコレクションがこのレベルだと、CBLのもつイスラム美術や中国美術の収蔵品はどんなレベルだろうなと気になる。


 日本にホッケーを伝えた「ホッケーの父」グレー牧師が、お向かいさんだったとか、二度の大戦で音信不通だった状況が、著者を介してつながったエピソードが印象深い。あと、1960年代あたりには、浮世絵を台紙にセロテープでとめていたという話にぎょっとするな。昔は、便利に使っていたんだよな。その後、実は、保存上はものすごくヤバイことが判明するわけだが。