ジョオン・サースク『消費社会の誕生:近世イギリスの新企業』

消費社会の誕生―近世イギリスの新企業

消費社会の誕生―近世イギリスの新企業

 うーん、プロト工業化論に関わるお話と理解すればいいのかな。30年前の本だけに、その後の学説の発展を知らないと、なんとも言いようがない。そもそも、イギリスの近世経済って、そんなに知らないし。
 内容としては、16世紀半ば以降、輸入代替の雑貨品の生産が、農村地域に広まり、労働力を吸収。一般の農民たちも、さまざまな消費物資を購入する現金を手にすることができるようになり、さまざまな小間物への需要が創出。国内商業が繁栄したと。これによって、小規模な保有地しか持たない小屋住み人々も、自家用の食糧と販売用の商品による複合的な生業が可能になった。
 靴下や大青栽培、亜麻織物などが多く取り上げられる。17世紀初頭には、それこそまとまった量の中下級品の靴下が、千足単位で輸出されていたと。
 16世紀には、軍需物資の確保を目的に、海外からの技術者の招聘と製造企業の設立が奨励。軍事的緊張やインフレから、輸入価格が上昇したことも、国産代替の動きが活発化する要因となった。靴下編みや明礬、新毛織物をはじめ、さまざまな商品が並ぶ。
 16世紀末には、独占の特許を得て、各地の製造者に課税しようとする動きも出るが、結局、農村地域での製造業の拡大はとどまることがなかった。この、農村工業と都市工業の対立というのは、中世後半のフランドルをはじめ、あちこちで起こるが、イングランドはギルド規制が弱かったってことなのかね。
 品質に関しては、庶民向けの低品質なものから、富裕層向きの高級品まで、幅があった。しかし、メインは庶民向けの粗質のものであった。また、国際市場においても、安い庶民向けの製品が、価格競争力を持っていたと。このあたり、イギリスの人件費が、ベネルクスやフランスあたりのそれと比べて、安かったということなのだろうか。品質と価格の多様性が大きかったというのは、手工業の時代ならではって感じだな。消費者にとっては、そっちの方が、下手な大量生産より良かったのかも。
 経済学が、農村工業の繁栄という現実を、どのように見ていたか。16世紀、17世紀と追っている6章も興味深い。輸出用工業が大事という認識が長く続いていた。あるいは、アダム・スミスが、農村工業から生産性のインスピレーションを得つつ、機械による大量生産に適した制度を志向してた話など。


 以下、メモ:

 オランダ人はまた、蒸留酒など諸種の酒類の効用をイギリス人にとくと説明し、この分野でもふたたびイギリス人に勝利を収め、より多くの醸造業者をつくり出した。このような酒類の新しい消費者の中には、うさ晴らしに酒を飲んだ者もいたが、そういう人たちばかりではなかった。船乗りや彼らの船で旅をする商人たちが寒さを凌ぐ糧として、蒸留酒はいつも船の中にもちこまれた。しかし、一七世紀初頭、消費量が増大したもう一つの理由は、病人や老人が「急にめまいや激痛に襲われた時、かれらの老化した、そして弱った胃を癒すために」、医師や薬剤師がしだいに酒類を薬として処方することが多くなったからである。一六二一年には、どの焼酎類も醸造量がふえた(その中には、ニガヨモギ酒、シンナモン酒、アニス酒など秘伝によって醸造される酒類もふくまれる)といわれた。p.124-5

 病人に酒を飲ませるのはどうなんだろう。胃腸には、あまりよくなさそうだけど。少量なら、関係ないのかな…

この時代に急成長したものとしては、ほかにタバコ栽培業がある。タバコは一六一九年にグロスタシャのウィンチコムで新しい農作物として作られたが、たちまちのうちに、僅かな土地と僅かな資本しかないが、手を汚して激しく労働することを厭わぬ人びとの要求にぴったりとあうものだということがわかった。タバコ栽培を始めた年の末、政府はその栽培を禁止し、最初に栽培を始めた企業家たちはこれを完全に放棄した。たしかに、その中の一人はその後、タバコ栽培を見つけしだい、これを撲滅するための特許を受けた。しかし、七年後、タバコはグロスタシャで三九ヵ所、ウースタシャで一七ヵ所、ウィルトシャでは一ヵ所で栽培されていた。五〇年後の一六七〇年には、イングランドおよびウェールズの二二州、それにチャネル諸島でタバコが栽培されていた。1620年代の後半以降、タバコ栽培は、貧しい農民にとって非常に厳しい労働の報酬として、もうけの多い農作物だということを誰もが認めるようになった。新職業が貧しい人びとの暮しにぴったりと合っているならば、世界中の何ものも、これが燎原の火のごとく燃え拡がるのを阻止することはできない。p.113-4

 へえ。タバコといえばプランテーション栽培と思っていたけど、小農民による園芸栽培が広がっていたのか。むしろ、そっちがメインと考えるべきか。


 文献メモ:
R.H.Tawney and E.Power, Tudor Economic Documents, London,1924
Joan Thirsk and J.P.Cooper eds. Seventeenth-Century Economic Documents, Oxford, 1972
E.S.Godfrey, The Development of English Glassmaking,1560-1640, Oxford, 1975
M.B.Rowlands, Masters and Men in the West Midland Metalware Trades before the Industrial Revolution, Manchester, 1975