丸山ゴンザレス『世界の危険思想:悪いやつらの頭の中』

世界の危険思想 悪いやつらの頭の中 (光文社新書)

世界の危険思想 悪いやつらの頭の中 (光文社新書)

 世界のやばいところを取材して回った著者の、世界の裏社会レポートといった感じか。個別事例ではなく、こういうところにいる人間の生態の共通性を紹介する。
 そういう犯罪者の思想というところまで熟していない思考を、どうタイトルに表現するかあ。こういう段階の「考え方」を現す熟語って、意外とないなあ。やはり、「生態」としか表現のしようがないような。副題の「悪いやつらの頭の中」のほうが、内容を的確に示していると思う。


 読み終わってから、ちょっと時間が経っているので、まとめにくい。図書館の本の読書ノートに割り込まれて、後回しになりがちなんだよなあ。
 つーか、なんだかんだ言って、警察制度がまともに機能していることが大事なんだな。警官が、簡単に買収されて、殺人を見過ごすようになったら、人間はかくも簡単に人を殺す。まあ、「殺意」そのものは、割と簡単に湧くよなあ。家の前をブンブン走る珍走とか、割と本気で殺意を覚える。
 しかし、日本社会においては、そこから「実行」までに、数段のステップがある。世界の大半では、その障壁が機能していない。あと、やはり、社会に銃がほとんど流通していないというのは、大きそう。銃は、人を殺す心理的障壁をずいぶん下げるんじゃなかろうか。金属バットでぶん殴るとか、ナイフで刺すとか、直接手で殺す事に対する忌避感と比べると。


 最初の2章は、殺人に関して。比較的定額で、殺人を外注できる。あるいは、フィリピンの交通事故の補償制度の関係から、重傷よりもひき殺した方が安いと、故意にひき殺す人が居るというのが恐ろしい。人命が安い国というは、文字通り安いのだなあ。


 以降は、スラム、裏社会、セックス産業、麻薬、非合法ビジネスなど。
 スラム街というのが、どういうところかという話は興味深い。非合法組織の構成員が混じっている場所ではあるが、基本は日常生活の場。貧しく、また公共サービスが薄いので、互助が発達している。一方で、それは、一方で儲ける機会があった場合には、周囲の人に分かち合わなければいけない「富の再分配」のルールが存在する。そこをないがしろにすると、地元の人に襲撃されたりする。ここいらあたり、民族学のフィールドワークにありそうな話だな。


 さまざまな裏組織も興味深い。
 縄張りがあって、そこから出ただけで攻撃される理由になる。基本、縄張りから出ない。ボスへの忠誠と、それを心に刻むための幼い頃からの飴と鞭。表だって、なんかをやるような組織は、そんな感じか。日本のヤクザも似たような感じだよなあ。
 逆に、マフィアや麻薬密売組織は、もっと潜在している。麻薬組織は、構成員にアクセスするのも難しい。メキシコの麻薬組織に取材しようとして、警告されたエピソードは興味深い。
 ここいらも、コスト意識があるのだろうな。フィリピンの警察が外国人が関わった事故は真面目に捜査するのと一緒で、外国人ジャーナリストを殺害するのは、当該組織にとってメンドクサイことだったんだろう。だから、回りくどい警告で、追い返した。現地の一般人だったら、あっさり消されたんじゃなかろうか。


 それと同時に、警察機構が腐ると、本当に恐ろしいのだな、と。
 ケニアの警察の、取り調べや事務処理が「面倒くさいから」と、窃盗団を一人を残して殺すというのがエグい。警察が真面目に仕事をすると同時に、警察が暴走しない監視が機能していないと、こんな風になるのだな。
 フィリピン社会の恐ろしさ。殺人がもみ消せちゃうのか。安い金のために、あっさりと殺しが起きる。ドゥテルテ大統領の「麻薬戦争」で、警察に不都合な人間がガンガン消され、マフィアの連中が刑務所に「逃げ込む」状況。まともじゃないが、世界的にはこっちが標準なのかね。警察が腐っていることが宿痾だよなあ。


 セックス産業の章、なんかすごい。ムスリム難民に対する、性産業従事者の「偏見」。あるいは、バングラデシュの太った女性がが好まれるからと宇使用のステロイド剤を摂取するセックスワーカー。美しさが社会的上昇の「才能」として利用される東南アジア社会。なんというか、いろいろとエグい。
 麻薬の章もエグい。中毒者の壊れっぷり。求める刺激がエスカレートしていくため、死ぬような強い薬を自ら求める。あとは、アメリカで、一般人に薬物使用を蔓延させたオピオイド禍問題。つーか、なんでこんなの認可しちゃったんだろうな。トヨタアメリカ人役員が逮捕された事件があったけど、アメリカでは、ああいうエリートにも蔓延しちゃっているんだよねえ。本当に、アメリカの医療制度というのは、真似しちゃいけない。
 日本で、大麻合法化が、社会的意義を主張できないから無理そうという観測もおもしろい。「快楽」しか主張することがない上に、そもそも、アメリカのような合法市場が一切存在しない状況では、合法化の回路がない、と。


 まとめようとすると、ちょっと雑駁感があるなあ。それが、本書の魅力ではあるが。ルポとも、考察ともつかない、曖昧さ。
 日本のゼロサムの問題点の指摘はそうなんだけど、殺し屋が、服役したら社会的に許されちゃうタイの緩さもどうなんだろう。ヒットマンとか、なおさら許しちゃダメなんじゃなかろうか。総論ともかく、各論では絶対に決着がつない奴だ。