熊本地震で倒壊して、新たに水前寺成趣園南側の公園に再建が成ったジェーンズ邸。昨年9月から公開していたから、半年経って、見学に。倒壊前とは、壁の色が変わって、ずいぶん印象が変わった。こちらが元の色ということか。
ちなみに玄関先の赤絨毯は土足禁止。忘れないようにしよう。
内部は、一度ぺしゃんこになっただけに、古いものはほとんど無く、というか調度品が少なく、パネル展示メインで、ちょっとスカスカ感がある。パネルの内容は興味深いものの。
一番印象深かったのは、やはり壊れて再利用できなかった部材を展示した部屋かなあ。木材って、地震の時にはホゾ部分が弱点になるのだな。そこが折れている部材が多かった。あとは、建築当初の材は、やはりそれなりに傷んでいたのだなあ、と。
展示してある紙物の史料も、まとまった史料がかなり失われていたりと、傷跡の大きさをうかがわせる。
ジェーンズ邸の変遷とかのパネル展示がなかなかおもしろい。見た目は洋風だけど、屋根の小屋組などの見えない部分は基本的に日本式の建築。あとは、移築されて南千反畑町で展示場として使われていた時には、間取りが変更されてベランダが室内に取り込まれていた。その後、水道町で日赤の記念艦として移築、更に一階のベランダも屋内かなどに改装。今回の復元に当たって、当初の間取りや塗色などに復元したそうな。
外観。
建築当初の柱受け。
熊本県指定重要文化財指定書。額は失われたけど、本体は多少汚れた、と。
瓦。移築のたびに、新しく似た瓦が製作されて、補われた。当初の瓦は三渕家の家紋が入っていて、古城にあった三渕家屋敷の瓦が転用された模様。
階段。昔の建物だけに、けっこう急。
鉄骨柱を立てて、耐震補強している。他にも、諸処に補強材を付けたり、基礎を頑丈にしたり。
博愛社の設立請願書。まさに、この建物で日本赤十字の前身が認可されたと。
二階から外を望む。
坂上竹松関係史料。熊本洋学校に登校していた当時のノートなどの資料。収蔵庫に収められていた資料は生き延びたけど、展示されていた21点は大半が失われたという。ここでも、コピーが展示されているものも。
再利用できなかった部材群。ここが、一番歴史を感じさせるなあ。こうしてみると、部材がけっこう傷んでいたのも、倒壊の一因かも。明治の金峰山地震では生き延びているわけだし。
胴差の部材が立派。
装飾の浮き彫り。
家具類の残骸。粉々。
シャンデリア。1970年の水前寺移築の際に設置されたもの。電器製品は再起不能だろうなあ。