南川高志『ローマ五賢帝:「輝ける世紀」の虚像と実像』

ローマ五賢帝 (講談社現代新書)

ローマ五賢帝 (講談社現代新書)

 本棚を漁っていて、急に読みたくなったので再読。
 プロソポグラフィー研究をもとに、五賢帝の時代とその前後の政治史を追った書物。テンポ良く、スリリングで楽しく読める。それぞれの皇帝がそのような人的基盤に支えられていたのかがうかんでくる。
 ドミティアヌスの暗殺からネルウァの継承、そしてトラヤヌスの後継指名に至るまで暗闘。ドミティアヌス派と反ドミティアヌス派の対立と「消されたシリア総督」の皇帝位への野心。トラヤヌスの人事に見る勢力基盤。伝統的貴族層への配慮と新興勢力の抜擢のバランス。
 「暴君」ハドリアヌスの時代。特に後継者として指名されていたわけではないハドリアヌスを皇帝に押し上げたスペイン系勢力とその暴走による「四元老院議員処刑事件」にみるハドリアヌスの政権の脆弱さ。トラヤヌス時代と断絶した人事。後継者選定への配慮など。
 マルクス・アウレリウスの苦悩。周辺諸勢力による侵攻の激化による危機の中、元老院議員層を基盤とした元首制の蚕食。皇帝直属のプロフェッショナルな軍人・文官が統治の中核を担うようになり、アマチュア的な元老院議員がその実質を失っていく時代の始まり。この後の軍人皇帝から専制君主制へ移り変わっていく時代を予告する。
 このような五賢帝時代の内実が、プロソポグラフィーによる人事の研究から浮かび上がってくる。


 あえて不満を述べるなら、帝国を動かす「元老院議員」の力の源泉が見えないことか。元老院議員が膨大な資産を所有し、「元老院議員的生活」をおくることがアイデンティティの基本にある文人政治家という視点は分かりやすいが、その権力の基盤はなんだったのだろうか。前近代にあっては、資産というのは単純な額面ではなく、人を動かすパワーをも意味したと思うが、どのようにして人を動かしていたのか。
 そこに興味を感じるのだが。