家島彦一『イブン・バットゥータの世界大旅行:14世紀イスラームの時空を生きる』

 14世紀の大旅行家イブン・バットゥータの『大旅行記』を翻訳した家島彦一による、同書の解説とダイジェスト。
 北アフリカ、中近東、黒海北岸のステップ地域、インド北部を、それほど危険もなしに往来できたことが分かる。多数の旅行記がかかれたこと自体が、当時の交流の密度を物語っているのだろう。今の日本で山のような旅行書が出版されているように、メッカを中心とするアラブ地域についての実用的な情報を求めている人がかなりいたことを意味するのだろう。
 本書の見所は、イブン・バットゥータ旅行記の信憑性について検討だろう。旅行記の滞在地を順番に追っていくと、不自然に飛んでいる部分や行程からみて時間が合わないという部分が多数ある。途中何度か、強盗にあったり、遭難したりして持ち物を完全に失っていて、記録の類も完全に失ったため、モロッコに帰郷した後、記憶だけを頼りに質問に答えたものを、さらに別の学者が編集したという成立過程を経ている。このため、記憶間違いや編者による改変をかなり経ている模様。まあ、30年間のことを記憶だけで語ろうとしたら、かなり間違いが入るだろうな。
 また、中国・東南アジア方面には、記述の性質から見て、実際には行かず、伝聞情報が主体ではないかと指摘している。これも、ある面では、インドに居ながらこのレベルの情報を手に入れることができたという情報源として役にたつだろう。
 本書には、「大旅行記」に記された各地の現在の写真が多数収録されている。あとがきによれば、著者は現地を踏査してまわったそうだ。いろいろと国境や交通の問題で苦労したそうだ。本書とは別の形で、実際に踏査してまわった時の体験と「大旅行記」研究の進展をクロスさせた体験談を著せば、非常に面白い旅行記が出来上がるのではないだろうか。