英独航空戦―バトル・オブ・ブリテンの全貌 (光人社NF文庫)
- 作者: 飯山幸伸
- 出版社/メーカー: 光人社
- 発売日: 2003/02/01
- メディア: 文庫
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しかし、本書ではドイツ軍が戦略爆撃の準備をしてこなかったことに批判的な論調だが、戦闘機の援護がない状況での昼間爆撃は、四発重爆でも大損害を免れなかったのではなかろうか。最大の問題は、結局長距離戦闘機の欠如というか。あと、「戦略爆撃」というドクトリンが、正直使えないって印象も持つ。いろいろクドい話のようなその場しのぎと派閥対立の歴史に接すると、ちょっと、本書のような議論には留保を付けざるを得ないというか。
メモ:
ドイツ空軍は気象観測を兼ねて二組の偵察機を毎朝発進させていたことは述べたが、これらによってもたらされる写真偵察情報とその評価に大変な自信を持っていた。この日に至るまでの攻撃目標は偵察機の写真から選ばれたものが多かったが、実はウェストランド社はスピットファイアやハリケーンの生産に関わっておらず、これら主力迎撃機の製造工場は損害がないままだった。写真偵察情報の評価への過度の自信はその後のドイツ空軍の作戦にも多大な、かつ、決して好ましくない影響を及ぼすことになる。p.108
大ブリテン島沿岸のレーダー・サイトのレーダーがいかなるものなのか、電波による探知技術開発の国であるドイツをしてよくわかっていなかったという。戦前、英空軍の航空技術を見下していたことも正確な技術力の把握の妨げになったが、ポーランド侵攻作戦開始の数日前にツェッペリン飛行船がドーバー海峡に迫ったことがあった。海峡の沿岸に作られたアンテナが気になったのか、レーダーが如何なるものなのか能力確認にやって来たとされている。p.139
このあたり、写真偵察の限界というのは現在に通じそうな話だな。あと、ナチス・ドイツの情報戦の弱さに関しては、イギリスとの対立を恐れてイギリス国内のスパイ網建設を禁じたヒトラーの命令が後を引いていそうだな。