NHK取材班『NHKスペシャル:知られざるアジアの帝王たち』

NHKスペシャル 知られざるアジアの帝王たち

NHKスペシャル 知られざるアジアの帝王たち

 古本屋で見かけて、衝動買いした本。1990年刊行と、そろそろ四半世紀も経とうとしており、いろいろと環境が変わっているとは思われるが。ネットで調べたところでは、世代交代はしているようだけど、没落と言うような状況変化はないようだ。取り上げられているのは、マレーシアはセランゴール州のスルタン家、フィリピンのスペイン系財閥アヤラ家、インドの大財閥ビルラ家。スルタン家は、スルタン本人の取材に失敗するなど、いろいろと閉鎖性に悩まされたようだが、アヤラ家とビルラ家は、ある程度プライベートなところも取材に成功しているようだ。


 最初はマレーシアのスルタン家。各州に18世紀あたりから続くスルタン家が存続し、実際に社会的、経済的に影響力を保っていること。法的にも、州政府首脳の任命権や州議会の解散権などのかなり強力な人事権が補償されている。また、恩赦や宗教的な影響力など、かなり実質的な権限を保持していること。また、経済的にも「マレー人優遇政策」に関連して許認可を取り付けやすいといったこともあり、スルタンの一族が企業家として活躍できるそうな。あと、イスラム教が普及しているからか、マレー人、中国系、インド系の人々の血が混じりあわないという特徴も指摘されている。
 ネットで調べた限りでは、アメリカ人女性と結婚して、スルタン位の継承が危ぶまれていたイドリス・シャーは無事スルタンになったようだが、結婚問題はどう解決したのだろうか。あとは、セランゴールのスルタンが、州都シャーラムの建設に情熱を傾けている話も。アジアの金融危機とか、本書出版以後にいろいろと紆余曲折があったわけだけど、都作りみたいな建築道楽は州財政などにどんな影響を残したのだろうか。日系企業がスルタンとの付き合いに悩むなんて話も紹介されているが、現在はどうなっているのだろうか。


 続いては、フィリピンで160年間続くスペイン系財閥アヤラ家を取り上げている。初代以来、スペイン系、あるいはスペイン人との婚姻を繰り返してきた家系であり、マニラのビジネス街マカティ地区の開発で地位を不動のものとした財閥。当主の学究的な人柄とか、先行する名家に婿入りすることで発展してきた歴史。しかし、人柄がどうあれ、ゲーテッドシティの開発者と言う時点で、あまり好意的になれない。
 フィリピンの独立運動からアメリカの植民地支配、さらに第二次世界大戦、マルコス政権とその崩壊、アキノ大統領への支援といった、時々の政権との関係が浮沈に影響していること。また、どの勢力につくかをめぐって、時には内部対立を起こす状況。その後、ラモス政権はともかくとして、中華系財閥の支援を受けたとされるエストラダ政権、さらにアロヨ政権、ベニグノ・アキノ政権と変化していく中で、政権との関係はどう変化したのだろうか。最近では、華僑資本に押されているそうだが。
 あとは、民衆との関係。社会事業に熱心だとされ、実際に慈善事業を行なっているが、やはり「上から目線」なのは否めない感じがするな。「家族主義」で高賃金をもって、組合結成を抑えているそうだが、逆にいえば、支配に反しない限りでの自由といった風情が。


 最後はインドの有力財閥、ビルラ家。19世紀半ばに北西部ラジャスタン州からボンベイに移民した商業カースト・マルワリの成功者であり、独立運動の指導者ガンジーやネールの後援者という立場から、社会主義的な国家経済体制のなかで有利な許認可を受け、事業を拡大してきたという。軽工業から重工業まで、幅広い事業を手がけている、いかにも「財閥」らしい財閥。日本で言うところの三菱とか住友とか、そんな感じか。金融は国家のほうでやってしまうせいか、あまり手を出していない感じだが。印象的なのは、長生きの家系なこと。系図に載っているかなりの人が、80代くらいまで生きていて、短命な人が少ないのが興味深い。
 こちらも慈善活動に熱心な家で、屋敷前で食糧の配給などをやっているようだが、ただ、やはり自分の事業を危険にさらしてまで、貧困対策をって感じではないわな。屋敷前に貧民が集まるような、居住地の階層分化が起きていないあたりで、フィリピンより健全という気もするが。ゲーテッドシティはこの時点では発展していないというのは、フィリピンと対照的に感じる。


 以下、メモ:

 今回のシリーズの企画段階では、アジア独特の「ファミリーの絆」を重点的に描き出そうという視点もあった。個人が社会の中心となっている西洋の個人主義とは違い、アジアは家族という血のつながりが今も政治、経済、社会を動かしている。p.2

 最近はよく知られるようになってきたが、欧米でも血族のネットワークって強いんだよな。本当にヨーロッパは「個人主義」なのかというところから、懐疑的になっているのだが。

 サルタンが立腹したのは、次期主席大臣の人選を自分のあずかり知らぬところで決めてしまったということより、与党UMNO(統一マレー国民組織)の副総裁とはいえ、選挙の事務総長をつとめただけで州議員でもないハルン氏がサルタンへの上奏をしようとしたためと言われる。
 州の前例では、現職の主席大臣が次期主席大臣の任命を求めサルタンに謁見することになっており、「前例破りは許さない」というサルタンの保守的な考え方がみてとれよう。p.96

 むしろ、この手の王家の存廃には儀礼というが重要であり、スルタンはそのことをよく承知しているってことのように思えるが。

 マンデリアさんの話を聞いていると、「社会主義型社会」をめざし、次々と基幹産業の国営化に乗り出していたネール首相が、一方では、国の開発と近代化のためには財閥の資本力に頼らざるをえなかったという構造が浮かび上がってくる。つまり、現実には、ビルラやタタといった戦前からの民族資本は、ネールらがめざした新国家建設のパートナーとして発展を続けたのであった。p.218

 ある意味では、植民地からの独立の段階で、国家の工業化の要請に応えることができるだけの資本が蓄積されていたことがすごいと思う。政治家からの要請で、ホイホイと大規模な工場を建てられるものではないし。