- 作者: 青木健
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2012/06/15
- メディア: 新書
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旧約聖書→新約聖書→コーランと付け加えられていく神の啓示の物語「聖書ストーリー」。これが、東へ拡大していく過程で、グノーシス主義の思想とぶつかり、様々な宗教運動が沸騰する。その過程を描くのが本書。イスラム的グノーシス主義なんてのがあったんだな。そもそも、メソポタミア地域には、マニ教の元となったユダヤ教系の洗礼教団とか、グノーシス的な宗教思想の教団、ギリシャ哲学を中心とした教団みたいなのが乱立し、東のほうでは、ゾロアスター教が大手を占める。むしろ、グノーシス的な思想の方が、性にあっていたということなのかね。
「聖書ストーリー」と接触するまで、ゾロアスター教には明確な教義がなかったという。キリスト教の宣教活動に対抗するため、何らかの明確な思想を打ち出すことを迫られたことが、教義形成の端緒となった。さらに、歴史的な変遷を経て、時間を信仰するズルヴァーン主義から善と悪が対立する二元的教義へ変遷していく。
あるいは、様々なグノーシス主義的聖書理解に対抗するために、キリスト教が教会組織を整備し、イスラム教が「正統教義」を教授する学院を建設し、スンナ派の神学と法学を固めた。意図とは反対の作用も興味深い。
「聖書ストーリー」に対し、アナザーストーリーを作り出す宗教運動であるマンダ教やマニ教、イスマーイール派といった活動。土着の宗教を、取り込むサイドストーリ形成に分けて、整理している。
ユダヤ教の分派で、旧約聖書をグノーシス的に解釈し、シリアに居づらくなり、最終的にチグリス・ユーフラテス下流の湿地帯に居を定めたマンダ教。キリスト中心主義を貫き、「真のキリスト教」を自称したマニ教。アリー家の子孫を「黙示者」として、コーランのアナザーストーリーを作りやすくなったシーア派、その中でグノーシス主義の影響を色濃く残したイスマーイール派。おもしろいというか、輝いているというか。
一方で、ミトラ教の聖地や信仰を取り込んだアルメニア正教会やゾロアスター教の改革者ザラスシュトラをアブラハムと同一視、イスラム教に取り込んだイスマーイール派の思想家など。在来の宗教が、キリスト教やイスラム教に取り込まれていく姿を、サイドストーリー形成として描く。
グノーシス主義の宗教としての高揚と、その限界。肉体を悪、霊魂を善とわけ、禁欲でより霊的になろうといった感じのグノーシス主義は大衆宗教としては、無理があったのかね。一方で、1000年にわたって、それが繰り返し、出現してくるのは、そういう思想がうける土壌があったってことだよな。特に知識人が魅了されたらしいが。
最終的に、グノーシス主義的な宗教運動は、13世紀ごろ、スンナ派の教義が整備された時期に、エネルギーを失う。聖書ストーリーの完結とともに、知的活力も低下していく。ヨーロッパでは、16世紀以降、徐々に唯物的な宇宙観が出てきて、キリスト教を乗り越えていくわけだが、イスラム教は、知的には停滞している状況をどう乗り越えるのだろうな。戒律が強力なだけに、それだけで、強力な生命力を持ってしまうのかね。
文献メモ:
青木健『ゾロアスター教』講談社選書メチエ、2008
青木健『マニ教』講談社選書メチエ、2010
菊地達也『イスラーム教:「異端」と「正統」の思想史』講談社選書メチエ、2009
筒井賢治『グノーシス:古代キリスト教の〈異端思想〉』講談社選書メチエ、2004
大貫隆『グノーシスの神話』岩波書店、1999
クルト・ルドルフ『グノーシス:古代末期の一宗教の本質と歴史』岩波書店、2001