今年印象に残った本2018(一般部門)

 今年も意外と読めていない。夏場の暑さと秋からのリフォームの準備で、後半に入って、大失速。
 日本史本が大混戦。中世史の本が大量に重なったあげく、ばっさりと選外に。それ以外は、割とすんなり決まったかな。

  • 10位 岩瀬博太郎『死体は今日も泣いている:日本の「死因」はウソだらけ』

死体は今日も泣いている 日本の「死因」はウソだらけ (光文社新書)

死体は今日も泣いている 日本の「死因」はウソだらけ (光文社新書)

 日本の死因解明制度が、いかにグダグダであるかを、現役の監察医が明らかにする。予算を入れないから、マンパワーが足りない。それに、警察のセクショナリズム
 毒殺が見逃されていて、シリアルキラーになっちゃう事例が近年何件かでてきたり。パロマの湯沸かし器の欠陥の犠牲者が、分からないほどとか。死因究明をおざなりにすると、死体が死体を呼ぶ。

  • 9位 田中淳夫『鹿と日本人:野生との共生1000年の知恵』

鹿と日本人―野生との共生1000年の知恵

鹿と日本人―野生との共生1000年の知恵

 奈良の鹿を題材に、人間と鹿の関係をたどったもの。紆余曲折。人よりえらかった時代から、絶滅寸前に。そこから、急激な回復。現在は、増えすぎて、飢餓に陥りかねない危機的状況にある。孤立していたため、独自の個体群だったが、周辺地域の鹿の増加と奈良からの拡散で、交雑が置きつつあるとか。
 あとは、「食べて減らす」が難しいこと。食用として流通させようとすると、安定供給を求められる。

  • 8位 高野幸司『石造仁王像』

石造仁王像

石造仁王像

 全国の石造仁王像を現地調査した労作。この分野で、本書に勝てるのは、今後出てこないんじゃなかろうか。
 鹿児島や国東半島が、石造仁王像文化の中心。刻銘から見られる、石工の情報も興味深い。

海上の巨大クレーン これが起重機船だ

海上の巨大クレーン これが起重機船だ

 深田サルベージの起重機船三昧の本。かっこいい。
 吊り下げ作業のルポ、深田サルベージの歴史、船内の生活。これだけの大きな船だと、なんだかんだ言って、船内生活が長くなるのだな。

  • 6位 金菱清編『呼び覚まされる霊性の震災学:3.11 生と死のはざまで』

呼び覚まされる 霊性の震災学

呼び覚まされる 霊性の震災学

 釜石の幽霊遭遇体験の研究で有名な本。金菱氏が研究してきた、東日本大震災によって露になった「死」に、どう人々が動いたかを研究した、ゼミナール論文集。慰霊碑や震災遺構、墓、葬祭業者などなど。

  • 5位 高橋敏『一茶の相続争い:北国街道柏原宿訴訟始末』

 小林一茶の相続訴訟を題材に、近世の村落社会を描き出す。
 いや、一茶の、村落社会できちんと地位を得たい、家を残したいという執念が印象的。柏原宿近辺の一茶の弟子ネットワークとか、柏原宿内では爪弾きにされて弟子がいなかったとか、子孫を残す一念とか。これはこれで、人間らしいというか。
 一方で、村落と地域社会を差配した、本陣の中村家などが、どのように村社会を導いたのかの記述が活き活きしている。塩輸送をめぐる周辺集落との訴訟。一茶の異母弟弥兵衛のその後の農地集積など。地域社会の姿が興味深い。

  • 4位 桃崎有一郎『武士の起源を解きあかす:混血する古代、創発される中世』

 ここらあたりからは、もう、完全に団子状態。違う気分の時には、違う順位になったかも。
 武士がどのように出現してのかを追いかけた、力作。儒教の「礼の秩序」と絡めてきたところが興味深い。騎射という戦闘技術が、儒教の影響下に、日本でも普及した。また、増えすぎた王臣子孫を、郡司などの地域有力者層が取り込んで、武家の元が出現。そこから、王権が、有望家系をピックアップしていったという流れ。在地有力者層の粘り強さが印象的。
 一方で、史料的制約から地域社会がブラックボックスになっていること。あるいは、九州など西国の武士勢力の記述の欠如で、ここに。

  • 3位 古峰文三『「砲兵」から見た世界大戦:機動戦は戦いを変えたか』

「砲兵」から見た世界大戦――機動戦は戦いを変えたか

「砲兵」から見た世界大戦――機動戦は戦いを変えたか

 軍事本では、文句なく、これが一位。基本的には、ブログに掲載していた内容と同一。
 第一次大戦から第二次大戦における、火力戦の歴史。
 第一次世界大戦では、機関銃と防御陣地により、歩兵の突撃は力を失った。両軍とも、火力戦によって、敵の機動を拘束することで、陣地帯の突破を可能にする。しかし、火力戦には、高価な砲兵、大規模な組織、湯水のような弾薬消費が必要であることが嫌われ、戦間期には、ノウハウが失われてしまう。
 第二次世界大戦で、どのように火力戦の体制を整えていくかの戦い。機動戦の本家ドイツに、連合国側は苦労していた。また、ドイツ軍も火力戦ドクトリンへの転換を志向していた。一方で、ソ連は一貫して、火力戦ドクトリンを保持、拡大。これが、バグラチオン作戦での、ドイツ軍の崩壊に結実と。

  • 2位 ドミトリ・チェルノフ、ディディエ・ソネット『大惨事と情報隠蔽原発事故、大規模リコールから金融崩壊まで』

大惨事と情報隠蔽: 原発事故、大規模リコールから金融崩壊まで

大惨事と情報隠蔽: 原発事故、大規模リコールから金融崩壊まで

 権力者に対する忖度が、事故を引き起こす。特に、コスト削減は、真っ先に安全性の維持を削る。規制緩和成果主義は、権力者の道具。産業事故や自然災害だけでなく、金融危機や企業の大規模な損失、軍事的失敗も俎上に上がる。
 これを読んだ後に、スルガ銀行のシェアハウス投資問題は、まさに、ミニサブプライムローンだよなあ。成果主義に尻をたたかれて、信用力が怪しい顧客にまで貸し込んだあたり。
 危険情報をスムーズに流通させるには、非常に大きなコストがかかる。
 日本、アメリカ、ソ連原発事故に見られる「国家主義的なおごり」も印象的。結局、同じような問題を、他所から学ばず、巨大事故を起こす。

兵農分離はあったのか (中世から近世へ)

兵農分離はあったのか (中世から近世へ)

 中世と近世を画する「兵農分離」が、どのようなものであったか。研究史をきっちり紹介しながら、実像を解きあかしていく。「兵農分離」が、意図的に実行された政策ではなく、豊臣秀吉の天下統一、大名の移動、海外出兵のための戦時体制によって、村落から武士がいなくなった。
 意識的に出された身分法令は、百姓の帯刀禁止程度である、と。




 以下、次点:
日経コンストラクション編『インフラ事故:笹子だけではない老朽化の災禍』asin:4822274756
川上和人『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』asin:4103509112
宇佐美昇三『信濃丸の知られざる生涯』asin:4303634417
倉本一宏『藤原氏:権力中枢の一族』asin:4121024648
桃崎有一郎『平安京はいらなかった:古代の夢を喰らう中世』asin:4642058389
青木敬『土木技術の古代史』asin:4642058532
熊本日日新聞社編『加藤清正の生涯:古文書が語る実像』asin:4877554637
菊地浩之『織田家臣団の謎』asin:4047036390
深谷幸治『織田信長と戦国の村:天下統一のための近江支配』asin:4642058575
新見志郎『軍艦と砲塔:砲煙の陰に秘められた高度な機能と流麗なスタイル』asin:4769830939