今年印象に残った本2015(一般部門)

 恒例のまとめ。今年は、373冊分読書ノートをつけている。うち、このカテゴリーは142冊。どちらも平年並みかな。雑誌もノートにつけるようになった分、昨年より増えているが。
 今年は、すんなり決まった。『軍人皇帝のローマ』と『ジミ艦』を入れたかったが、上位を押しのけるほどではなかった。
 以下、ランキング:

 「神殿更新」という慣行を手がかりに、階層化された社会の形成を動態的に復元しようとした論集。私の中で消化できたかというと、心もとないが、こういうのすごい好みです。

人間・始皇帝 (岩波新書)

人間・始皇帝 (岩波新書)

 出土文字史料も合わせて、始皇帝の事跡を再検討・紹介する本。
 前例のない統一政権かつ「皇帝」号の創出をめぐる苦闘。無理をした結果、秦はあっさりと滅ぶが、始皇帝の業績は、その後2000年以上の歴史を規定するんだから、すごい話。
 行政文書などが続々発掘されているというのがすごいな。

猪変

猪変

 2002年に中国新聞に連載された記事を、ほぼそのまま2015年に刊行したもの。人と猪の距離のとり方について、興味深い情報を含みつつも、基本的には連載そのままでデータが少々古いのが残念なところ。
 人間が撤退した結果、そこが猪の格好の棲み家となったこと。農業被害を軽減するには人間の側の覚悟が必要と同時に、農作物に依存するようになった個体の排除が必要であること。奥山の個体を大量に捕っても、あまり意味がない。一方で、人間の近くでの狩猟は、わな猟にしてもリスクが高いと。
 捕獲した猪の肉をどう消費するかの問題も。解体や検査のハードル。カナダから猪肉が輸入されている事例が紹介されているが、「ジビエブーム」が食品輸入を促進してしまう可能性も高いのだなと。
 いろいろと示唆に富む本。

天草四郎の正体 (歴史新書y)

天草四郎の正体 (歴史新書y)

 「天草四郎」は戦隊だったと。
 一揆の指導部によって作り出した、若者の集団、ある種の虚像であったこと。一揆の原因として、松倉家の家臣団弾圧が影響したなど。

  • 6位 清水潔『殺人犯はそこにいる:隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』

 恐るべき警察の腐敗。「DNA型鑑定」の正確性にこだわった結果、間違った人物を長期間拘束し、真犯人をいまだに放置し、犠牲者を一人増やした。
 めまいがするほどひどい。その警察の暗部を、足で稼いで抉り出した本。

東京骨灰紀行

東京骨灰紀行

 東京近辺の、大量死の現場や処刑場、墓地など、死と関わる場所を歩き回った紀行。紀行本からは、これがランクイン。
 人がたくさん集まるということは、それだけ死人も大量に出るってことなんだよな…

震災メメントモリ: 第二の津波に抗して

震災メメントモリ: 第二の津波に抗して

 災害関係本からは、これを。
 コミュニティをベースに、「個人の復興」が重要であることを指摘する本。
 災害を奇禍に行なわれる区画整理や巨大土木工事は、地域の回復に資さない。「死者とのコミュニケーション」を図り、生き残った人々が死に引きずられないようにする必要性。「土地にこだわる」ことが地域の復興につながる。ミクロな動き、個人の原状復帰こそが大事と。
 災害の復興過程を考えると、大規模災害での様々な資材手配や復興時の事務や援助の専門職をプールしておく、専門機関は確実に必要だよな。常総市水害の状況なんかを見ても。

  • 3位 服部英雄『蒙古襲来』

蒙古襲来

蒙古襲来

 蒙古襲来の通説に挑んだ本。
 文永の役が、潮の都合や日記類に見られる情報の速度から、一週間程度続いた戦闘であったこと。弘安の役において、前線で戦った武士たちにとって、「神風」の認識はなかったという指摘など、戦闘の姿の見直し。
 蒙古襲来絵詞の読み直しや竹崎季長の出自の再検討など。
 最近では、文永の役に際して、鎌倉武士は普通に勝っていたという結論になりつつあるんだよな。神風や強大なモンゴル帝国の前に、日本は風前の灯だったという考えは、列強の植民地支配に脅かされた19世紀、「海防」の時代に規定された歴史認識だったということかもしれないな。

  • 2位 サイモン・ウィンチェスター『クラカトアの大噴火:世界の歴史を動かした火山』

クラカトアの大噴火

クラカトアの大噴火

 前々から読もうと思っていた本だけに感慨もひとしお。
 ジャワ島とスマトラ島の間の海峡に存在するクラカトア火山。周辺に甚大な被害を与えた、1883年に大噴火を扱った本。
 海底ケーブルが張り巡らされ、情報の流通が早くなった時代はじめての、大噴火。それだけに、ヨーロッパ人の興味を引いて、大規模な研究が行なわれているのが興味深い。
 そして、一発で吹っ飛んだあとに、100年でもう島ができている、火山活動の盛んさ。

  • 1位 広岩邦彦『近世のシマ格子:着るものと社会』

近世のシマ格子 着るものと社会

近世のシマ格子 着るものと社会

 室町時代から近代に至る、格子縞模様の衣服のモードの歴史。細かい違いで、他との差を表現しようとする近世後半のモード文化は、現在を超える成熟振りだな。権力と衣類、農村工業と貨幣経済の拡大。シマ格子をめぐる歴史が、絵画史料や文書類を駆使して復元される労作。
 これが、文句なしの一番。








 以下、次点:
盛本昌広『境界争いと戦国諜報戦』asin:4800303613
木村靖二『第一次世界大戦asin:4480067868
中村順昭『地方官人たちの古代史:律令国家を支えた人びと』asin:4642057862
越智敏之『魚で始まる世界史:ニシンとタラとヨーロッパ』asin:458285740X
安西水丸『ちいさな城下町』asin:4163900861
井上文則『軍人皇帝のローマ:変貌する元老院と帝国の変貌』asin:4062586029
平岡昭利『アホウドリを追った日本人:一攫千金の夢と南洋進出』asin:4004315379
神田千里『織田信長asin:4480067892
米波保之『ジミ艦:だれも見たことないジミなマイナー艦船模型の世界』asin:4499231000