川田伸一郎『アラン・オーストンの標本ラベル:幕末から明治、海を渡ったニッポンの動物たち』

アラン・オーストンの標本ラベル

アラン・オーストンの標本ラベル

  • 作者:川田 伸一郎
  • 発売日: 2020/11/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 いや、おもしろい。
 イギリスと日本で、同じラベルの標本を見かけたことから、19世紀末から20世紀初頭の標本流通の世界へと誘われていく。植物標本で、似たようなことやったことがあるけど、動物学、しかもタイプ標本の記載を行うようなところでは論文の謝辞や献名が人脈の手がかりとなるのだな。私が興味を持った人はアマチュアだったから、そうもいかなくて、途中で手が止まってしまったけど。つーか、この手の調査も、相応にお金がかかる。


 各地に散った博物学に関心がある人々から、ヨーロッパやアメリカの大学や博物館に標本が送られ、それをもとに、ガンガン新種が記載されていくのが18-19世紀。その時代には、人を雇って動植物を採集させ、それを販売する「標本業者」というのが商売になっていた。その一人が、本書の主人公アラン・オーストン。彼の足跡を、様々な手がかりから追っていく、著者の視点からの物語がおもしろい。
 最初は、共通のラベル、そして、生物学黎明期の人々の伝記や資料、つづいては、記載論文の謝辞をチェック。そして、本業たる商館業務を紳士録から調べ、最後は大英博物館に保管されている手紙類を調べ、アラン・オーストンの姿を明らかにしていく。学者間の手紙まできっちり保管されているのがさすがだなあ。データとそれに付随する資料をきっちり残していくことの重要性。


 貿易企業の社員として来日、その後、独立して鉄製品の輸出入仲介に従事。同時に、動植物にも興味があり、萌芽を見せた日本人の生物研究に密接に関わり、海外からの研究者とも関係があった。後には、自身で標本の販売を初めて、日本人を中心に様々な採集者を雇用。台湾や海南島といった国外にも派遣していた。
 なんか、漁船の動力化に関わっていたあたり、明治の機会工業史や日本の産業革命といったテーマでも名前が出てきそうな人だなあ。


 ここから、いろいろな興味が広がるはなしだな。わざわざ、海外に日本人採集者を送り込むということは、中国や東南アジア現地人の採集者ってのは、養成しにくかったって事なのだろうか。アジア全域で、こういう現地人ナチュラリストがどう現れてくるかというのは、気になるところ。


 陽に陰に、勝間田(石田)善作という採集人が伴走者になっているのもおもしろいなあ。実際に、台湾や海南島で採集活動を行った善作の重要性。現地で病気にならずサバイバルできる能力が重要であったのか。熱帯地域では、油断するとマラリアなどの病気で簡単に命を落とす。採集に送り込まれた人も、仲介業者の支配下に甘んじているわけではなく、勝間田が標本を買いまくっていたロスチャイルドに直接雇わないかとアプローチしているのもおもしろい。採集人にとっては、直接太い客を見つけるのは重要だった、と。


 文献メモ:
山崎柄根『鹿野忠雄:台湾に魅せられたナチュラリスト平凡社、1992
磯野直秀『三崎臨海実験所去来した人たち』
ディビッド E.アレン『ナチュラリストの誕生:イギリス博物学の社会史』
リチャード・ゴードン=スミス『ゴードン・スミスのニッポン仰天日記』