ウィリアム・リッチー・ニュートン『ヴェルサイユ宮殿に暮らす:優雅で悲惨な宮廷生活』

 図書館に返却しなくてはいけないので、急ピッチで読了。なんか、最初の方、忘れかぶってる。
 ヴェルサイユ宮殿における生活インフラを、様々な管理者側の書簡などをもとに再構成したもの。なんというか、色々とひどいというか、宮廷都市を維持するための生活インフラを設計段階から盛り込んでいなかったのだなあ、と。
 あとは、ルイ14世が権威を示すための器として作られた宮殿は、100年近くたつと、フランス王権にとって維持が大変重い存在になっていたということが分かる。
 あとは、いちいちメモしていないけど、訳者がアンシャンレジームの専門家じゃないせいか、訳文が微妙に怪しいところがあるような。あと、国王に奉仕する官職を得ている人を「官僚」と訳しているけど、どうも現代的感覚だと微妙に違和感があるような。役人も違うような気がするし、使用人とするには公的な役職だし、官職保有者は長ったらしいし。難しい。


 全体としては、「住居」「食事」「水」「火」「照明」「掃除」「洗濯」の各章で構成。なんというか、18世紀後半のヴェルサイユ宮殿が、ボロボロだったのは確かなんだろうなあ。それが、ますます居住性を悪化させる。
 18世紀末の財政悪化は、ヴェルサイユ宮殿の維持も、宮廷の恩顧関係維持も不可能にしていった。


 国王との距離が近ければ近いほど、政治的に重要性が増す構造の中で、人々は宮殿内の便利な居室を奪い合うことに。どうしても、居室が不足する。場合によっては、玉突きで引っ越しが続く。あとは、18世紀後半の屋根裏などの下級官職保有者の居室の老朽化状況など。


 食事も印象深い。国王付大侍従と侍従長が高官を招く食卓を毎日主催し、そこから手を付けられなかった料理が下位の官職を保有する人々に周り、さらに残りはヴェルサイユの街中で販売される食事の料理のライフサイクル。中級クラスの官職には別にテーブルが用意され、下級の官職だと手当てをもらって料理屋などから買う。


 給水は都市生活の根本。つーか、沼地に宮殿を作るのは衛生上、かなりアレだよなあ。排水が悪いと病気が流行りかねないし、地下水も汚染されそう。実際、池の水などはかなり汚れていて、悪臭が漂ったとか。ヴェルサイユの生活は、かなり現代人には厳しそう。もっとも、ゴミをポイ捨てして、その悪臭が問題になっていたくらいだから、日常生活がかなり悪臭に支配されていたのではなかろうか。
 154メートル水を持ち上げる「マルリーの機械」も気になる。


 多数の人が住む施設では、火災はつきまとうもの。ヴェルサイユ宮殿でも頻繁に火災におそわれていたようだ。一方で、ガッツリと燃えてしまうような大火は起きてないんだよな。防火の努力が実ったのかねえ。
 無秩序に台所やストーブ類が居室に増設され、その燃料の薪などが回廊の柱の間に集積されていたというのは、宮廷があった当時の宮殿というのは、相当雑然とした空間だったのではなかろうか。
 後付けの煙突でもともとの暖炉の煙突が狭まって、火災の危険が増したこと。18世紀後半には各部の防火施設が老朽化していたなど。火災が起きるとバケツリレー。消防隊も組織され、ポンプも装備されたけど、ホースの維持に苦労していたこと。革製のホースって扱いにくそうだなあ。


 夜間の照明は、ロウソクに頼っていた。このために大量のロウソクが納入され、配分された。使い残しのロウや使わなかった分のロウソクは、大きな利権だったこと。18世紀になり、鏡が普及すると、ロウソクの灯りを反射することでより明るくするために使われた。そのため、あちこちからガラスの取り付けの要求があり、管理部門は対応に苦労していた。
 昼間は窓からの光が重要だったが、当時の「ガラス窓」がどういうものだったのか、いまいちピンとこない。大きな板ガラスの窓が普及するのはかなり後だったから、ステンドグラスみたいな感じだったのかねえ。


 掃除の章は、実際にどのような掃除をしていたかは、あんまり歴史に残らない感じだな。床磨き人に、掃除夫、煙突掃除人や暖炉工といった人々がメンテナンスに従事していた。ワックスがけにロウと顔料が供給されていたようだけど、どの程度の頻度でやっていたのかねえ。王の威信を考えると、王族の空間は頻繁にワックスがけされて、ピカピカだったのだろうか。
 トイレの汲み取りの苦労。トイレの汚水溜めを開けたり、汲み取りの時に死者が出ていたというが、これは「悪臭」が原因と言うより、高濃度の二酸化炭素かメタンでも喰らっていたんじゃなかろうか。
 あとは、鼠が大量にいて苦労していた話とか。


 最後は洗濯。水を大量に使うだけに、洗濯婦は管理者側から目の敵にされていた。逆に、洗濯婦たちも負けない勢いで対抗してきているのが印象深い。つーか、洗濯と物干しのスペースは最初から設計しておくべきだったんじゃね。あちこち追い出されて彷徨う洗濯場所。あとは、干された洗濯物を目の敵にする貴族たちの視線も印象深い。


 国家の予算とか、王領地予算とか、都市ヴェルサイユの維持は様々な財源から出ていたようだが、アンシャンレジームの予算策定って、どのようなプロセスで行われていたのかも、ちょっと興味が出てくるな。
 あと、3ヵ月だけ勤務するカルティエ勤務というのが興味深い。王家の側としては費用を増やさず官職を増やすことができる。受ける側も官職が増えるのはうれしいということなのだろうな。
 前近代において、お湯を沸かすのも一苦労であったとか、灯りも高価であったこと。ガラスによる反射で灯りを増幅する以前は、ロウソクの明かりで夜は活動していたんだよなあ。