今年印象に残った本2023(一般部門)

 今年も、小説にエネルギーが割かれて、あんまり読めていない。というか、最初の1から3割程度までいったところで、集中力が途切れて放りっぱなしになってしまう本が多くて、最後まで行き着いた本は割とギリギリ。読書ノートを付けずに放置していた本を、秋以降、必至に書いて、なんとか数を合わせた感じ。

10位 『ドイツ夜間戦闘機完全ガイド:Bf110/Ju88/He219』

 軍事本からは、この一冊。
 ミリタリークラシックス誌に掲載されたドイツ夜間戦闘機の記事を再録した本。ガチで対戦闘機戦闘を行うつもりだったBf110は、レーダーなどの追加装備を搭載するには過小過ぎて性能低下が著しかった。逆に、爆撃機出身のJu88は運動性に不満がありつつも、大柄な分、無理なく搭載できた。
 そもそも、ドイツは機外にアンテナが突出するレーダーしか作れなかった点で、英米に遅れをとっていた、と。
 ウーフーが好きだわあ。

9位 髙宮利行『西洋書物史への扉』

 古代メソポタミアから現在に至るまでの記述メディアを、断章形式で紹介していく本。トピックがおもしろい。中世の一部の大学で行われたペチア・システムとか、19世紀末の写本・インキュナブラ贋作者たちとか。
 今の時代の本に対する感覚って、本当に昔と違うんだなあ、と。一方で、情報の増大にともなう受け取る側の変化の必要性は、数世紀にわたるけっこう長期間のプロセス。

8位 石井美樹子『図説 ヨーロッパ宮廷の愛人たち』

 16世紀以降のヨーロッパの国王の愛人たちを描いた本。
 フランスの宮廷、なんかすごいな。めちゃくちゃ女性を喰いまくってる王様がいるけど、そもそも貴族の血統意識とかどうなっているんだろう。王様だけが自由だったのか、他の貴族もほいほい他所の女性と情事にふけっていたのか。
 一方で、公妾という存在は、王妃を醜聞から守る盾の役割を果たしていたというのも興味深い。マリー・アントワネットも、ルイ16世に愛人がいたなら、あそこまで攻撃されたかどうか。
 イギリスのほうは、フランス式を仕込まれたスチュアート朝のチャールズ2世、ジェームズ2世の二人がメイン。時代が新しくなると、愛人の数が減る感じかなあ。ドイツ出身の国王になっても、愛人を囲っているから、愛人を多数抱えるというのは、何処の宮廷でも普通ってことなのかねえ。小国の宮廷なんかも気になるところ。
 ドイツ編は19世紀の事例がメイン。
 というか、小説に出てきそうなエピソードがいろいろと…

7位 田島木綿子『海獣学者、クジラを解剖する:海の哺乳類の死体が教えてくれること』

 現役の海獣学者による、どんな活動をしているかの話。人間が観察しにくい海洋生物は、打ち上げられた遺体からのサンプル採取、解剖、標本作製が重要な手がかりになる。全国各地に打ち上げられる大型哺乳動物遺体の情報収集は組織化されていて、打ち上げられると関係者が解剖に集まってくる。しかし、冷たい海水から体温を維持するための脂肪層が、今度は死後も体温を体内に閉じ込め、急速に内臓を腐らせていく。油断すると爆発する腐敗との戦い。
 遺体の解剖とそこから分かることの紹介。


6位 西川和子『スペインレコンキスタ時代の王たち:中世800年の国盗り物語 イベリア半島の中世、レコンキスタの時代のあれこれを描く。イベリア半島史のディテールを知るのに便利な本。
 アストゥリアス王国とか、レオン王国とか、ナバラ王国とか、歴史地図に出てくる国がどう消えていったのか。あるいは、覇権の盛衰。戦乱の世の中では、トップの力量が国の盛衰を左右する。ナバラ王国は一時期宗主国的な立場にあったけど、名君が没した途端にごっそり勢力を切り取られ、内陸の封じ込められてしまう。
 あとは、血縁の濃密さとか、じりじりと前進していくキリスト教徒勢に対して、アフリカ大陸から進出してくる広域勢力が一時的に押し返す状況とか。

5位 山田英春ストーンヘンジ:巨石文化の歴史と謎』

 ストーンヘンジの記述や研究の歴史と、実際にどのようにストーンヘンジを中心とする遺跡群が使われてきたのかの解説。ローマ時代の記述が存在しなくて、アーサー王説話関係で最初に記述される。その後の研究の歴史。発掘と遺跡破壊は紙一重か。
 ブリテン島の先史時代の人々の姿とか、ストーンヘンジを築造した人々がその後に到来した人々によって塗りつぶされている遺伝情報の解析結果、1000年の期間に逐次改造されながら使われてきた姿などが興味深い。地域の遺跡群の文脈の中に置いたストーンヘンジ
 これだけの巨大建造物を作るマンパワー結集がすごいなあ。

4位 岡寺良他編『九州の名城を歩く:熊本・大分編』

 熊本県大分県の名城を紹介する本。鎌倉期の武士居館から、中世の山城、国衆のかなり規模の大きな城、そこから近世城郭へ。熊本県内、意外と小西行長加藤清正の手になる城郭が多いのが印象深い。
 ガチの山城って、大分の城が顕著だけど、取ったり取られたり、継戦能力は低いのだなあ。あとは、大分のメサの上に作られた城が印象的。

3位 小寺智津子『ガラスの来た道:古代ユーラシアをつなぐ輝き』

 漢の時代までを中心に、発掘されたガラス器の分析から、ガラス製品の流通経路やそれが示す政治的関係を明らかにする。墳墓からの出土遺物を丁寧に分析すれば、ここまでわかるのだなあと。
 トンボ玉は地域ごとに特定の色が選好される。スキタイの好む青系のトンボ玉の出土情報から、ユーラシアステップ全体での人々の行き来が盛んに行われていたこと。東方の遊牧民と中国中原地域の有力者の政治的交渉の痕跡を辿ることができる。
 あるいは、弥生時代の日本列島の住民が楽浪郡とのパイプでガラス製品を導入。それを威信財として利用していた姿。中国地域で西方のガラスを模倣しようとする試みなど。
 中東から地中海沿岸地域のガラス製品が、広域の交易商品になっていくのは、ガラスの歴史の中ではごく新しい時代であったこと。前1世紀に吹きガラスが実用化されて、一気に拡散する。

2位アンドルー・C・スコット『山火事と地球の進化』

 炭化した植物の化石を分析することから、地質時代の山火事・野火の頻度や規模の変遷を明らかにし、大気中の酸素濃度との連動を明らかにする。なかなかに、化石研究の醍醐味という感じだなあ。炭化した植物断片をこういう風に活かせるようになるんだな、と。
 現代の野火の後の、焼けた植物の挙動を追跡するところが印象深い。現代の状況と比較して、化石の出土状況から往時の姿を明らかにしていく。
 古生代中生代新生代、時代によって酸素濃度が派手に上下しているのが印象深い。

1位 高木久史『戦国日本の生態系:庶民の生存戦略を復元する』

 旧越前国の西端、丹生山地と越前海岸地域の人々の暮しを、「生業史」の観点から整理した本。馬借組合とか、水運業者の商業的な文書が現存しているというのがすごいなあ。あとは、神社だったので中世以来の領主が生き残り、細々とした物を取り立てていた時代の姿が明らかになるのも興味深い。
 山地やすぐ後ろが山の海村が、集団として、周囲の自然資源を複合的に利用していた。税として納められた物品の多様さが興味深い。あとは、海村で定置網の設置範囲が徐々に拡大したりと技術的な変化が見えるのがすごい。
 越前焼から工業と燃料の問題や生産組織の時代による変遷。運送関係の章からは交通需要を独占しようとして行政権力から対価を払って保証を得るが、それの貫徹は自力でやらないといけない権力の弱体さなど。まあ、現代においても、密輸や密猟というのはそれなりの規模で摘発しきれないわけだが。