トニ・マウント『中世イングランドの日常生活:生活必需品から食事、医療、仕事、治安まで』

 タイムトラベルのガイドブック的な体裁の本。読みやすい。あと、中世の社会でどんなことに直面するかを描くが、それだけにこまかいエピソードが楽しい。というか、中世社会って、普通に衛生面とか、匂いで無理って感じがするなあ。トイレだけで耐えられる気がしない。
 中世の社会って、一族とか、所属とかの身分保障がないと厳しそうだけど、タイムマシンが作れるくらいの技術レベルがあったら、他者の記憶とか、認識を操作するメカも当然あるよな。


 衣服関係がおもしろいな。晴れ着は、悪臭で「蛾が寄りつかない」からトイレに吊される。それがワードローブの語源になるとか。あとは、毛織物の上着は洗濯ができないから、麻の下着を頻繁に替えて、清潔を保つ。これは、日本の着物も、頻繁に洗えなくて、襟や袖に下地をつけて、それを洗っていたというのと似た感じだな。
 手足や顔は頻繁に洗うけど、お湯を沸かすのが大変なため、お風呂にはあまり入らない。それでも、テューダー朝式の生活をする実見では、臭いということはなかったそうな。
 城の床下に隙間風を防ぐために詰められたぼろ布から、中世のブラジャーとパンティが出てきた話とか、取り外しできる袖が贈られてうれしいものとか。
 この時代、民衆は自分で縫っていたのかと思っていたけど、布地を買って、仕立屋に縫製を委託するのね。


 あとは、中世盛期あたりの農民の従属性の高さ。農奴はほとんど自分の物をもたない隷属性が高い。ついでに、一部屋しかない小屋で、家畜も一緒に寝る。人畜共通感染症が怖い。というか、基本、生活空間は外になりそう。その一つ上の階層が隷農で、労役や様々な物資の納入で地代を払うが、余剰物品の市場での売却などの自由がある。これらのシステムは、中世末の気候不順と黒死病による人口激減で、人が足りなくなった時に、階層上昇を果たして、消える、と。


 生水が危ないので、麦汁を煮沸する過程があるのでエールを飲むのが比較的安全、と。村内で醸造道具を持ち回りでエールを作る習慣が興味深い。
 まあ、中世の食生活は、なかなか味気なさそう。砂糖とスパイスが豊かさのシンボルだけに、両方を使った料理が多いのも印象的。とはいえ、絶対共存不可かというと、そうでもないような。
 中世には、そもそも「買い物」できる場所がほとんどない。市場で物々交換が基本。その後、香辛料などを扱うコショウ商から食料雑貨商(Grocer)へと。15世紀には料理屋も出現しているけど、一つの町に一軒、二軒程度なのか。


 医療にかんしては、ちょっと寒々しいレベルだよなあ。特に、病気に対しては生薬がちょっとある程度、と。外科は意外と発達しているのが興味深い。一方で、麻酔はないんだよね。
 とはいえ、幼児時代を抜けると、けっこう長生きする人もいる。一方で、ヨーク公の未亡人セシリー・ネヴィルの12人の子供たちのうち、大人になるまで生きたのは7人と、上流階層でもなかなか生存が厳しい。


 結婚が、必ずしも神の前で誓う必要がないというのも興味深い。両者の合意さえあれば、合法と見なされるのか。
 パストン家というと、手紙がたくさん残っていることで有名だが、その中にマージョリー・パストンと執事リチャード・コールの秘密結婚のエピソードがあって、なんか劇的だなあ。結婚を認めなくて勘当する母親。微妙に日和る兄。結婚が有効かどうかの審問を求められて、結論を先延ばしにするノリッジ枢機卿。勘当されて枢機卿に支援を求めるカップル…


 防虫にラベンダー水を持ち歩くとか、旅する時には自分用調味料、「ビネグレット」を携帯して味変するそうな。これは塩や酢、オリーブオイルにハーブやニンニク、香辛料を配合する。
 4回結婚して、遺産で裕福になったジョアナ・ゲドニーのエピソードも印象的。
 あと、イギリスのこういう本を書く人でも、重さや長さの単位は理解不能なのねw
 ウェゲティウスの「軍事論」が中世を通じての、軍事の基本だった。

 紹介したレシピは、国王リチャード2世とそのおじのランカスター公ジョン・オブ・ゴーントが1387年9月23日に催した饗宴の買い物リストに比べればたいしたことはない。肉や家禽のリストには仰天する。雄牛16頭、子牛14頭、ヒツジ120頭、イノシシ12頭、ブタ140頭、それからシカ肉が3トンと3ドウ(これが実際にどれくらいの分量なのかは不明だ)、白鳥50羽、ガチョウ210羽、さまざまな種類の鶏1000羽超、子ヤギ6頭、500羽近いウサギ、ハト1200羽、それにキジ、サギ、サンカノゴイ(サギ科の鳥)、シャクシギ(シギ科の鳥)144羽、ヤマウズラ144羽、ツル12羽、さらに「十分な」野鳥(さまざまな種類のカモ)、牛乳120ガロン(約552リットル)、クリーム12ガロン(約55.2リットル)、カード(ソフトチーズのようなもの)11ガロン(約50.6リットル)、リンゴ12ブッシェル(約432リットル)、それから……卵1万1000個だ。p.113-4

 国王が開く饗宴となると、膨大な食料が消費される、と。