『ミリタリー・クラシックス』73号

 かなり前の方から読み直し中。一度読んだはずだけど、結局、読書ノートにまとめられていないし。
 今号の特集は松型・橘型駆逐艦とマーケット・ガーデン作戦。

松型・橘型駆逐艦

 第一特集は戦時急造の丁型駆逐艦松型と橘型。
 ソロモン諸島の輸送作戦の護衛や自身が輸送に投じられて、損害が急増して、大規模な作戦に投じる艦隊型駆逐艦が足りなくなってきたことから、中型の護衛任務に適しつつ、艦隊型駆逐艦の作戦にも適する最低限の性能を備えた駆逐艦丁型駆逐艦である。
 戦時急造に適した、曲線をなるべく使わない設計とか、抗堪性に配慮した機関のシフト配置が特徴。後者は、エンガノ沖海戦の槇やオルモック夜戦の竹の戦闘力維持にそれぞれ貢献しているから、目論見通りの結果を発揮しているのだな。
 一方で、エンガノ沖海戦では搭乗員を回収した後、本隊に合流できなかったり、大和以下の沖縄特攻で航続距離の問題から瀬戸内海入り口あたりの対潜掃討に留められたりと、航続距離には限界が合った感じだなあ。


 17年12月7日に軍令部が要求を出して、18年1月中に原案が決まって、一番艦の「松」の起工が8月8日だから、詳細設計や資材の確保は大車輪で行われたのだな。で、松が竣工まで9ヵ月。それ以降の艦は7ヵ月くらいで建造されている。そうとう優先順位が高かったのだろうなあ。エンジンは、鴻型水雷艇の在庫があったのだろうか。
 就役4ヵ月もたたないうちに小笠原諸島への輸送任務中、米巡洋艦部隊と遭遇して孤軍奮闘撃沈された一番艦「松」と、太平洋戦争を生き延びた二番艦「竹」の運命の明暗も印象深い。竹にしても、激戦に身を投じていたのだけれど。
 最終的に昭和19年の11月あたり以降に竣工した艦は、そもそも輸送作戦もままならず、本土近海に逼塞。触雷沈没か、東北方面で機動部隊の空襲を受けて撃沈された艦以外は、割と生き延びた感じだなあ。なんだかんだ言って、瀬戸内海は防備されていたということだろうか。で、動ける艦は復員輸送に従事した後、連合国に引き渡し。米英に引き渡された艦はすぐ解体され、ソ連に引き渡された艦は割と長生き、中国に引き渡された艦は機関不調の艦とそうでない艦で明暗が分かれた。

マーケット・ガーデン作戦

 第二特集は、アルンヘムでのイギリス第一空挺師団の死闘が有名なマーケット・ガーデン作戦。
 うーん、実は空挺部隊リストラ作戦だった?
 だから、細部がいい加減な投機的作戦が認可されたのかなあ。
 ファレーズポケット以降、一気に敗走し、ドイツ国境まで後退したドイツ軍。それを追撃して、一気に北フランスを突破した連合軍。しかし、英仏海峡の港湾は包囲されつつも、依然としてドイツ側が掌握。伸びきった補給線は、ノルマンディーからのトラック輸送でまかなわれていたが、それも限界状態。鉄道はドイツ軍の利用を妨げるためにケチョンケチョンに破壊して、輸送機による空輸に頼るしか改善の手段がない。その状況で時期降下作戦のために三個師団、数百機の輸送機リソースを抱え込んでいる英米空挺師団群にとりあえず作戦を実行させて、輸送機リソースを開放させるのが第一の目的だった、と。
 で、ドイツ国境まで一気に突破しようと考えるモントゴメリーに作戦丸投げ。空挺軍団+地上一個軍団の突破作戦が展開される。


 むしろ、ドイツ側がこの作戦の危険度を大きく見ていて、SS第2戦車軍団を配置していて、これが作戦の死命を決した。ファレーズポケットでほとんどの戦車を失っていたけど、装甲擲弾兵部隊と砲兵が生きていれば、機動戦力として一定程度機能する。
 プラス、アルンヘムで訓練を行っていたSS第16装甲擲弾兵訓練補充大隊のゼップ・クラフト少佐の迅速な展開がアルンヘム占領を失敗させた。


 空挺部隊と言えば軽歩兵部隊というイメージだが、装弾筒付徹甲弾を支給された6ポンド砲はティーガー戦車の正面装甲を抜けるし、17ポンド砲も数門展開してた。さらに、75ミリパックハウザーや105ミリパックハウザーを持っていて、普通に歩兵師団並みの火力を備えていた。ただし、降下後は機動力がほとんどなくて、友軍が接触しないと孤立してしまう。また、後続の補給物資投下ゾーンが確保できないと弾薬が尽きてしまうし、アルンヘムではこれが起きてしまった。
 アルンヘム道路橋の北端を占拠したフロスト部隊がそれなりの時間包囲を耐えたのは、6ポンド砲の火力と、師団本部からの火力支援があったからこそ。そして、空挺師団本隊も、ガーデン作戦で進撃してきた部隊の火力支援があって、包囲状態での戦力を維持できた。


 アルンヘムの戦いは、『ラスト・オブ・カンプフグルッペ』でも取り上げられてた記憶。個人的には、南側、第30軍団の補給線が切断されたドイツ側の反撃とか、シュトゥデントの第一降下猟兵軍の反撃作戦とかをクローズアップして欲しい感じがあるな。
 あと、マーケット・ガーデン作戦のその後とか。英軍はどこまで後退したのだろうか。あと、米軍の82、101の両空挺師団のその後の戦歴とか。結局、英第一空挺師団は戦力の8割を失って壊滅、その後再建できず。普通に作戦に成功した米軍の2個空挺師団は、普通の歩兵師団として地上戦を戦ったということなのかな。バルジの戦いでは、第101空挺師団が、バストーニュの防衛戦を戦い抜いているが。
 つーか、連合軍側の空挺作戦、トーチ作戦やシチリアの降下作戦で失敗しているのか…

白石光「特殊作戦行動:Mission66:ブランデンブルク部隊の橋梁奪取作戦(その2)」

 ジークフリート・グラーベルト中尉率いる第二中隊第二小隊の橋梁奪取作戦。ユリアナ運河やムーズ川の5橋梁奪取作戦で、1本確保、4本爆破、代替橋梁1本確保という成果。
 だいぶ、この種の作戦って、賭けの側面があるなあ。あと、オランダ側が落とす気満々。

白石光「世界の軍用銃 in WWⅡ:第24回 一〇〇式機関短銃」

 日本軍の短機関銃。木製銃床を使っているあたり、MP40シリーズやグリースガンあたりと比べると、一世代前って感じか。先行のサブマシンガンを手堅く模倣した、相応に素性が良い銃だったが、生産数が2万5千挺と少ない。また、8ミリ南部弾がかなりの弱威力だったとか。

有馬桓次郎「ミリタリー人物列伝:第70回秋草俊少将:日本陸軍

 日本陸軍のスパイマスター。
 満州白系ロシア人の組織をまとめ上げたり、陸軍中野学校の前身となる「後方勤務要員養成所」を立ち上げたり。満州ソ連軍の配置を探ったり。
 一方で、その基盤とした白系露人事務局内部に二重スパイの存在を許してしまったり…

すずきあきら「WWⅠ兵器名鑑:第24回フランスの戦艦」

 ダーダネルス海峡突破作戦で地上砲台と機雷にボコられたところしか見せ場がないフランス戦艦のお話。まあ、フランスって、海軍は基本的に後回しというか、主力艦の建造に時間がかかりまくっているよなあ。
 開戦時に持っていた戦艦21隻。うち、ド級戦艦はクールベ級4隻。残りは前ド級、準ド級戦艦。大戦中に超ド級戦艦ブルターニュ級3隻が就役。
 ダーダネルス海峡突破作戦で一隻触雷沈没、二隻大破。生き残った二隻も、後に潜水艦に撃沈されているという。

松田孝宏「奮闘の航跡:この一艦」

 今回は米駆逐艦ラフィー。第三次ソロモン海戦で比叡の艦橋に大打撃を与え、霧島に突貫するが撃沈される。2代目は歴戦の船だった、と。

野原茂「蒼天録」

 今回は高等練習機三種。実用機の性能が向上して、既存の練習機とはギャップが大きくなったので、実用機前段階用の高等練習機が1939年頃から要求された。で、九八式直協偵察機を改造した九九式高等練習機、新規開発の一式双発高等練習機、九七式戦闘機改造の二式高等練習機が生産された。前2者が千数百機、二式高練が3700余機とまとまって作られている。

本吉隆「海外から見た日本艦:第十七回日本の潜水艦2」

 イ400級にビビった話。一方で、運動性には日本側も含め、問題が指摘される、と。
 潜高型は洗練度が足りず危険。
 装備品の質が、アメリカ側が高く、それだけ運用が楽だった。戦後、海上自衛隊でもそのように認識していた話とか。

田村尚也「萌えよ!戦車学校 WWⅡ名戦車入門:第11回M2/M3中戦車」

 アメリカの中戦車の迷走ぶりがひどい。基本的に多数の機関銃を搭載した多砲塔戦車的なイメージがかなり後まで残っていた。スペイン内戦や電撃戦の戦訓から、アップデートされていった。50ミリ程度の装甲と75ミリ級主砲というのは、大戦後半の主力戦車の基本という感じだな。
 個人的にM3中戦車は割と好き。

印度洋一郎「歴史的兵器小解説」

 今回はソ連の戦後型オフロードカーGAZ-69、フランスの練習巡洋艦ジャンヌ・ダルク攻撃機マーティンAM-1モーラ-。
 練習巡洋艦というと、後継のヘリ巡洋艦のほうがなじみ深いけどな、ジャンヌ・ダルク。そして、この手の艦は高速輸送艦に便利使いされる。
 スカイレーダーにケチョンケチョンに負けたモーラー