くまもと文学・歴史館「収蔵品展:アーカイブズに見るくまもと27」

 今回は、文学サイド、歴史サイド、ともに重賢縛りな感じかな。没後240年ってことは、10年後の没後250年あたりに、大規模な展覧会が開催されそうな気がする。

「没後240年:“鳳凰”細川重賢と宝暦の改革」

 歴史サイドは、タイトル通り細川重賢と宝暦の改革について。展示資料数が、近代の伝記類を除けば13点だから、割と小規模の展示。
 宝暦の改革は、堀平太左衛門の抜擢を始めとした中下級家臣からの能力主義の登用という人事改革、藩校時習館の設置、懲役刑の導入などの「近代的」な刑法の導入、過去の土地・課税台帳と変った現状を確定する地引合わせ、倹約や専売による財政の立て直しが主要な内容。
 今回の展示は、藩校、刑法あたりが目立つかな。


 1776年6月29日付けの堀平太左衛門の書状が興味深い。害虫防除に苦労してて、これで収穫量が左右される。害虫さえなかれば、稲自体の育ちは良いという内容。こういう業務報告が国元から行われていたのだな。収穫量は収入を左右するだけに、注目されたのだろう。
 重賢の事蹟を記録した高本紫溟著「銀台遺事」。時習館学規、刑法草書、再春館草木目録、昆虫の写生図など。
 あとは、亀井南冥「肥後物語」や近代の小説など、重賢を取り上げた文献の紹介。重賢自身は「肥後の鳳凰」と讃えられても、家臣も養えないのにとおかんむりだったというのがw
 あとは、松平定信への影響など。


 懲役刑を導入した刑法は、明律を参照したものだったが、その後、継続的に清律の研究も行われていて、明治維新直後には、清律の研究書の印刷出版が行われている。

「身近な漢文:永青文庫寄託漢籍資料から」

 文学サイドも細川重賢に寄せてきている。北岡邸の御蔵に収められていた漢籍資料の紹介。藩主のお手持ち本や時習館の蔵書が蔵書印などから判明するという。
 重賢が会読に使った本や時習館から出版された書籍が紹介される。「三国史」に関しては書き込みや日記から、会読していた時期が判明するが、江戸に居るときだけ読んでるのだな。
 あとは、故事成語の元となるエピソードを収録している本の紹介など。