嗜好品としての塩と縄文時代の製塩

『嗜好品の文化人類学』(ISBN:4062582961)をつらつらと思い出しながら考えたこと。同書の所収論文、澤田昌人「コンゴ民主共和国ピグミーの嗜好品:ハチミツをむさぼり、ゾウの脂を味わう」に最初の嗜好品としての塩・甘味料・脂肪という話があったのを思い出して。
脂肪が多く含まれているものを旨いと感じるそうで、嗜好品というのはそのような素朴なものから出発したというのは納得できる。


縄文時代には、専業の製塩遺跡らしきものがあり、活発な沿岸・内陸間の交易があったと指摘される。
この交易に関して、塩が生理的に必要な、生活必需品として捉えられているように感じる。
しかし、塩を嗜好品として捉えなおすと、ちょっと違う雰囲気になるのではないかと思った。
塩=嗜好品だからこそ、山の民は塩を得ようと必死に交易にやってきたのであり、だからこそ大規模な製塩が可能になったのではないか。
そして、塩と交換するために、山からは、これまた嗜好品である、甘味料(蜂蜜や甘葛汁)が輸出されていたと考えると、ちょっとサイクルができあがっておもしろいかなとおもった。


風呂に入りながらぼんやりと考えた、よしなしごと。