寺薗淳也『惑星探査入門:はやぶさ2にいたる道、そしてその先へ』

 惑星探査機の基礎知識、打ち上げにいたる手続き、歴史、そして今後の展望が紹介される、惑星探査の入門書。なかなか読みやすくて、おもしろい本であった。なんか、民間企業の参入がすごいんだな。
 第一章ははやぶさ2の話。はやぶさが、技術開発を中心とした探査機で、その時点で「行ける」小惑星としてイトカワを選んだのに対し、はやぶさ2では、太陽系形成から大きな変成を受けていないと思われるC型小惑星を狙い、より科学的な成果を目指していること。予算の確保に時間がかかった話。様々な着陸探査機器など。
 第二章は、惑星探査機の基礎知識。フライバイから、周回探査、着陸探査とローバー、サンプルリターン、有人探査と、探査の各段階で期待できる成果の違い。そして、探査でなにがわかるか。他の惑星と比較の道が開かれたことにより、地球自体の理解も飛躍的に進んだと。
 第三章は、探査機のプロジェクト開始から終わりまでの流れ。探査プロジェクトは、最初の検討から数十年かかることが珍しくないという。研究者が直接かかわれるのは、密度高くても、せいぜい3件くらいか。各段階で審査があり、それを通らないと、実際の衛星の制作まで行かない。さらに、実際に制作が始まってからも、各段階で試作があり、なんども検証が行なわれて、宇宙空間で運用時にトラブルが出ないように改良が行われる。複数のセンサー類を組み合わせると、システムにトラブルが出るとか、機器の数が増えれば増えるほどトラブルが出やすくなるし、重量もかさむ、製造も遅れるという。さらに、めでたく打ち上げが行なわれれば、今度は衛星の運用の段階に。管制センターの運用にそれなりにコストがかかる。大型高機能の衛星で低頻度の探査を行なうか、機能を絞った小型の探査機で数年おきに打ち上げる小規模な探査か、どちらがいいかの話も。
 後半は、惑星探査の歴史とこれからの展望について。
 第四章は月探査機「かぐや」が上げた成果を中心に、惑星探査機からどのような成果が得られるのか。あるいは、日本の惑星探査の実力など。14種類という多数のセンサーを搭載したにもかかわらず、目立ったトラブルもなく、様々な月についてのデータをもたらしたかぐや。シャクルトンクレータに水があるかなしか、重力データ、地形データ、斜長石の存在や巨大クレーターの検出、縦穴の存在などなど。建造や運用のノウハウが蓄積されてきているが、金星や火星探査のトラブルなどまだまだ弱点が大きい状況、これを今後どう維持発展していくかが課題という。
 第五章は惑星探査の歴史。1960年代、冷戦の中でアメリカとソ連が競い合うように巨大プロジェクトをくり広げた。その続きで、70年代にも、遠距離への探査機の派遣とさまざまなフロンティアにおける映像の送信などの成果が得られた。しかし、1980年代に入ると、国威発揚という題目で巨額なプロジェクト資金を投入することができなくなり、惑星探査の停滞期に入る。この間、衛星の小型化が進み、それが後の惑星探査に生かされるようになる。小型単機能の探査機による小型プロジェクトが盛んに行われるようになる。さらに21世紀に入り、新プレイヤーの登場、国際的な協力関係の構築などの展開が紹介される。
 第六章は、新たな流れとして、民間企業の参入。さらに、予算を削減されているNASAがそれを取り入れた新たなプロジェクトの方向性を打ち出している状況。火星有人飛行の挫折とアメリカの宇宙開発の迷走。一方で、小惑星の監視や捕獲プロジェクトといった、新たな方向性が打ち出されていること。しかしまあ、グーグル・ルナーXプライズや小惑星からの資源採掘プロジェクトなんかが、民間企業の手で出てくるってのは、宇宙開発が地球軌道上から地球に向けて行なわれる段階から、月や地球近傍の小惑星の開発へとフェーズが変わりつつあることを示唆しているのかね。小惑星採掘の企業は微妙に出資詐欺というか、山師っぽいけど。10メートルくらいの小惑星なら、持って帰れなくはないよな。目標を見つけるのが難しいけど。まるごと研究できれば、いろいろと捗るよなあ。
 第七章は、世界全体を見渡して。新たなプレイヤーとして、インド・中国の登場。国威発揚という側面が強いが、着実に経験と技術を積み重ね、地歩を固めつつある。中国の頻繁な打ち上げによる技術の蓄積、インドの海外技術を盛んに利用しつつ経験値を上げて国産化する動き。ロシアの動き。まあ、ロシアは国際的な緊張で、宇宙開発は遅れるんじゃなかろうか。
 そして、日本の動向。なんか、日本の惑星探査はオワタ感が強いな。はやぶさ2やベピ・コロンボの後には、明確なプランがない。JAXAがより産業的な志向に向かっていて、惑星探査に予算が割かれていない状況とか。なんか、もう日本のそれぞれの研究者や企業は、海外のプロジェクトに、自分の技術を持って参加していくしかないんじゃね。惑星探査の技術が割りと早くスピンオフしている動向なんかも紹介されているし、エンターテイメントとして資金を確保していく方向性はどうだろうかみたいな考えが披露される。
 しかし、地震・火山の災害にさらされる日本こそが、地球科学の知見の飛躍的発展に資する惑星探査に参加するべきだと思うけどな。ついでに、海底掘削も盛んに行なわれるべきじゃね。最近の「ちきゅう」の不活発さがもったいないと思うのだが。


 以下、メモ:

 時間にしても、「はやぶさ」の最初のきっかけとなった小惑星サンプルリターン研究会(1985年)から打ち上げ(2003年)まで18年。プロジェクト化(1996年)から数えても7年であり、そこからさらに探査機帰還(2010年)までは7年かかっている。1985年から数えれば25年間である。そしてそこで全てが終わるわけではなく、データや試料の解析は現在も続いているので、プロジェクトという形ではないにしても、探査という大きな流れは現在でも継続していると考えてよい。p.101

 2007年に打ち上げられた日本の月探査衛星「かぐや」の場合、科学的な検討は1995年頃から開始された。1996年には、その科学的な提案をまとめた資料が作成され、それに基づいて機器検討が開始された。その後、探査機の設計変更や打ち上げ時期の変更など、様々な要素に沿って機器設計が見直された上で、最終的に機器製作から打ち上げへと進み、実際の観測が行なわれている。
 そして、2009年6月に探査が終了したあとも、得られたデータは科学チームによって解析が続けられている。そう、今もまだ解析が続けられているのである。世間の人々がおおかた「かぐや」のことを忘れてしまった今でも、探査に関わった科学者はデータの解析を続け、成果を出そうとしている。p.111

 惑星探査って、本当に時間がかかるプロジェクトなんだな。で、データの解析はさらに長く続くことになる。この手の大規模プロジェクトって、「ちきゅう」といい、惑星探査といい、バブル期から90年代の遺産が現在芽を出している感じだな。2020年代以降は、暗黒時代になるんじゃないだろうか。ロシアがソ連時代の遺産を食い尽くすのに20年くらいかかっているが、日本の蓄積はもっとずっと薄いしな。

「かぐや」探査で育ってきた若手が次に実力を発揮する場が、今の状況ではないに等しいのである。
はやぶさ2」は実施される。しかし、月と小惑星という異なる場で果たして同じサイエンスは可能だろうか。さらにいえば、「はやぶさ2」のあと、日本の月・惑星探査の計画がない。わずかに水星探査計画のベピ・コロンボの磁気圏探査機に日本が参入するが、これは固体探査ではない。「かぐや」や「はやぶさ」で培った解析技術や探査機設計、さらには科学的なノウハウが、この先日本国内で維持できるかどうかは不明である。p.147

 うーん、もうだめぽ

 事実としていえるのは、80年代には月には1機も探査機が打ち上げられず、火星には1機も探査機が到達しなかったということである。新たな天体に新たな探査機が向かったのは、70年代末のボイジャー探査の続きともいえる、ボイジャー2号天王星海王星のフライバイである。それぞれ、86年、89年であった。p.232-3

 うーむ、暗黒時代。