ドミトリ・チェルノフ、ディディエ・ソネット『大惨事と情報隠蔽:原発事故、大規模リコールから金融崩壊まで』

大惨事と情報隠蔽: 原発事故、大規模リコールから金融崩壊まで

大惨事と情報隠蔽: 原発事故、大規模リコールから金融崩壊まで

 世界は忖度に満ちている。
 あと、規制緩和、コスト削減、成果主義給与は、だいたい安全性を損なう方向で利用される。


 なんか、読むのも、読書ノートつけるのも時間がかかった本。情報量が大きくて、消化できていない。個別の事例単位で、まとめとかないと、後になって思い出せない。
 多数の死者を出したり、多額の損害を引き起こすような各種の「災害」を、組織内の情報の流通に着目して、どのような組織が災害に強いかを探っている。一般的に、よく紹介される産業事故や自然災害だけでなく、金融や自動車会社のリコール、ドイツ軍の奇襲を許した第二次世界大戦ソ連が取り上げられているのが珍しい。また、共著者の一人がロシア人だけに、ソ連/ロシアの事例が多めに取り上げられているのが興味深い。
 実際に「大惨事」が発生したときに、正確な情報が、上層部や外部の機関にスムーズに提供されることは、めったにない。また、リスク情報を、的確に流通させるためには、細かい事故情報をはじめ、様々なリスク情報を、押しつぶさず、分析できるように、組織を形成維持する必要がある。現場の人々が黙り込んでしまわないようにするのは、とても難しい。
 また、政治と癒着して、「規制緩和」の美名のもとに、安全確保に必要な規制が破壊され、暴走が可能になる。どの事例も、「大人の事情」が濃厚に見え隠れして、人間、「政治」からは自由になれないのだなあとしか。特に、アメリカは、底なしに腐っているな。政官業の人材が自由に行き来する「回転ドア」システムのために、政府の規制組織のトップが業界の要人によって占められ、好き勝手にやられてしまう。エンロンの破綻やサブプライム・ローンに発した金融危機には、そのような癒着が、アメリカの政界の奥深くまで食い込んでいる姿が見て取れる。「規制緩和」の政治側の責任者は、完全にほっかむりなのが、呆れる。
 ロシアの事例が多いのも印象的。ソ連時代に、計画経済の必要を満たすために、設計と施工が同時平行で行われるという無理が常態化していたこと。そのため、設計そのものに欠陥が残る。さらに、その後、ソ連の崩壊で、安全維持のための組織が解体されて、危険を運用で取り除けなくなる。ロシアの人々が、「強い政府」を求めるのも、分かる気がする。ソ連崩壊後の国家の解体、さらにワシントン・コンセンサスによる「民営化」で生活を支える規制が破壊されまくったことに対する敵意は、根深いのだろうな。一方で、じゃあ、「強い政府」を気取っているプーチン政権が、それらの生活に密着した部分で、規制組織を再建できているかというと、それもできていない感じなのが、物悲しい。結局、プーチンの陣頭パフォーマンスだよりで、情報が上がってくる制度を構築できていない。


 それぞれの事例も興味深い。
 本書に収録されている事例で最悪なのは、ボーパールの化学工場ガス漏れ事故かな。現地の経営陣の無責任さが。恒常的な赤字が問題とはいえ、安全のための費用をケチって、本社に虚偽報告。さらに、事故が発生した後は運転員が逃げ出したり、何も起こってないと報告したり。
 原子力発電所の事故も、興味深い。スリーマイル、チェルノブイリ、福島と、同じようなイケイケドンドンで、安全対策に対する知識の更新を行っていた姿が、なんともアレ。アメリカは原子力利用の推進拡大が優先されて、事故情報や改善のための情報が共有されていなかった。そして、ソ連や日本は、先行する事故に学んで、危険情報の収集分析を怠った。次は、中国かインドあたりが、同じような事故を起こしそうな感じがするな。あとは、行政や経営陣へ、まともな情報が上がってこなかった共通性など。


 後半の、今現在、リスク情報が隠蔽されているとおぼしき事例というのも興味深い。シェールガス遺伝子組み換え作物アメリカと中国の財政情報、インターネットについて。シェールガス採掘に関しては地下水汚染の危険性が過小評価され、対策コストがケチられている状況。あるいは、採算性に関して、国策も加わって、隠蔽されている可能性が指摘される。本書が出版された後で、シェール企業が破綻していたりしたが。遺伝子組み換え作物に関しては、独立したリスク評価の欠如問題。インターネットに関しては、最初に「サイバー戦争」を始めたのはアメリカであるという指摘が印象的。つーか、最近、本当に重要なものは、アナログでやるべきなんじゃないかと言う感覚になりつつある。
 リスク管理の成功例として、トヨタ生産方式や2006年のソニーのバッテリーリコールの事例などが紹介されている。2006年の事例、ソニーはなかなか良心的な行動を行ったのだな。


 以下、メモ:

「エンジンの製造元であるロケットダイン社の技術者たちは、全体事故率を一万分の一と見積もった。またマーシャル宇宙飛行センターの技術者たちは、三〇〇分の一と見積もった。だが、こうした技術者たちから報告を受けていたはずのNASAの管理職員は一〇万分の一と主張した。NASAコンサルタントで、第三者的な立場にいたある技術者によれば、一〇〇分の一から二が妥当な線だという」p.78-9

 スペースシャトルチャレンジャー事故の報告書で物理学者リチャード・ファインマンが表明した意見の中の一節。結局、スペースシャトルは135回のミッションで二機落ちてるから、このコンサルタント氏の読みは非常に鋭かったわけだ。
 そういえば、スペースX社の行動って、なんか、このスペースシャトルのスケジュール圧力を思わせて、非常に嫌な気分になるな。受注残を大量に抱えている状況とか。普通のロケットはともかく、人間を乗せるのは危険そう。