togetter.com
大阪の分析。都市の構造の変化をいろいろと論じている。経済構造の変化で、流通にも、生産にも、自営業者の入る余地がなくなってきたというのが、大阪にとって大きいのだろうな。もともとは安価品の生産が主体だったわけだし。あと、教育の問題。大阪市内のキャンパスの少なさが指摘されている。現状でも、知的生産者としての大学軽視が存在するわけだが、橋下体制は市大と府大の統合で、それをさらに進めつつあるように感じる。大阪市大は、都市研究の分野では、結構いい成果を残しているように見えるのだが…
あと、観光都市としての魅力と考えると、大阪にはそれはほとんどないような。京都に住んでいた当時も、大阪に「観光」に行くという行動はほとんどやっていないしな。
- サラリーマン層は大阪外の旧摂津国地域に居住、教育も同地域の私学に進学させる。一方、大阪市内には自営業者を中心とする旧中間層が居住。しかし、産業構造の変化から地主としての性格が強まり、開発行政に傾斜。
- さらにその再開発の微妙さ。湾岸開発や中之島のリバーサイドなど。国立国際美術館の展示室が地下にある等、災害対策などの微妙さ。学校選択制は住宅地への転用という点から望ましくないという指摘。
- 住んで楽しい都市にするためには、ソフトを供給する人を誘致する必要があるが、それには「課金都市」としての性格を薄める必要がある。そのような政策は可能か。あるいは、カジノとパチンコの方向性を進めるか。
- オフィス需要の吸い上げ。周囲から集めるといっても、大阪市内での奪い合いになる可能性。
- 繊維産業の衰退とデザインセンスの衰退。高度な技術が集積していることによるセンスがなくなりつつあるという指摘。
- 大阪には「社交」が不足。ゾーニングが効きすぎて、異種の文化の混淆を失ってしまった。
- 農村的世界とニュータウン的世界の分離と共存。自民党的なものの、政治的な強さ。
- 「植民地」としての大阪。「大阪的なもの」の切り捨てとそれを巡る対立の可能性。
うまくやるとジェイコブス的な多様性に富んだ町を作ることも可能なのだが、太い幹線道路が市内を縦横に走り回っているので、そのあたりがネックになっている。大阪の西はそのために流出と貧困化が激しい。東はしかし比較的道路中心ではないが、再開発の結果、郊外的世界になる可能性が高い。
仕事と趣味のあいだの曖昧な領域で生まれる面白いものもあるのではないかな。ほんらい都市生活というものはそういう出会いの場であったはずでもある。「仕事ー電車ーベッド」という生活が支配的であるかぎり、なかなかそれは難しい。いくらインターネットがあるとはいっても。
すべてが会社に奪われてしまえば、減ってしまうのは出生率だけではない。アイデアが異種交配の結果、実装される機会も減ってしまうのではないかな。なんか八十年代にはそういう議論はあったんだけどね。
考えてみれば自民党というのは、まさにそうした二世界の共存のなかで伝統的世界に軸足を置き、それを安楽死というにはやや過剰な手当をさせつつ生きてきたわけで、それが都市住民の不興を買って小泉あたりで死に体になったわけだが……。なんだか怖い世界が目の前に広がっている……。