スーザン・ソンタグ他『潜水艦諜報戦 上下』

潜水艦諜報戦〈上〉 (新潮OH!文庫)

潜水艦諜報戦〈上〉 (新潮OH!文庫)

潜水艦諜報戦〈下〉 (新潮OH!文庫)

潜水艦諜報戦〈下〉 (新潮OH!文庫)

 冷戦期、アメリカ潜水艦部隊が、どのような諜報作戦を展開したのか、元乗員や公開資料をもとに、再構成したもの。まあ、本気でやばいようなことは言っていないんだろうけど、それでもおもしろい。一度、途中まで読んで挫折して、10年近く本棚のこやしになっていたものを、このたび読了。上巻の最後の章の、ソ連戦略原潜を追尾するエピソードは読んだ記憶があるから、下巻に入って挫折したのかな。潜水艦がトロール漁船に引っかかったり、飛行機がやってきてばれそうになるとか、忘れようがない。
 1950年代からソ連崩壊による冷戦の終結まで、おおよそ全体をカバーしている。潜水艦がどんなことするのかわかる。60年代が一番充実している印象。海底ケーブルの盗聴とか、ロサンゼルス級が以外と沿海での諜報作戦に向いていないとか、60年代あたりの軍事支出のフリーダムさとか、エピソードも興味深い。付録も充実。


 第一章と第二章は、ディーゼル潜水艦の時代。電子偵察装備を搭載した最初の潜水艦コチーノの沈没事故やソ連の領海に侵入したディーゼル潜水艦が、訓練用の爆雷で水中に押し込められ浮上する羽目になった事例など。どうしても、潜航時間に限界があるのが、通常型潜水艦の弱みだよなあ。
 第三章以降は、原子力潜水艦が利用される。しかし、この時代の金の使い方がひどい。裏で資金を流用したり、アカウンタビリティが完全に欠如している。リッコーバーとか、フーバーとか、ボマーマフィアみたいなのが、情報機関や軍事組織に巣食っていた時代だから、とんでもない時代だよなあ。沈没したソ連のゴルフ級潜水艦を引き上げるために、秘密裏に5億ドル支出して、専用の船をつくるとか。しかも、その船、グローマー・エクスプローラーはまだ、海底ドリル船として生きているらしいし。現在のアメリカ情報機関も、この時代のような乱脈状態なんだろうな。
 以降、本書を通じて随所に登場するジョン・クレイブンの登場と深海探査の試み。スレッシャー沈没事故から潜水艦の救難体制整備の動きに乗じて、レギュラスミサイル潜水艦ハリバットを改造して、深海探査用の設備を積んだり、スパイ用の資材を搭載。海中に落とした核弾頭の回収。ソ連が沈没喪失した艦艇や弾道ミサイル弾頭なんかを探査。このとき見つけたゴルフ級潜水艦の残骸をめぐっては、後に大騒ぎになる。攻撃原潜スコーピオン行方不明事件の発生とその沈没場所の特定、原因をめぐる議論。機密の壁に隠れて、原因不明のままになっているが、欠陥のある魚雷を供給し、それを隠蔽していたとするなら、海軍武器コマンドの罪は大きいなあ。大戦初期の魚雷不発並みか、それ以上のスキャンダルだよな。あとは、ヤンキー級戦略原潜を追っかけまわすレイポンの話やトートグの衝突事故など。


 下巻は1970年代末以降。
 ソ連の海底ケーブルに盗聴装置を設置し、ソ連軍がどのように考えて行動しているかを知ろうとする試み。今では、光ファイバーになっているから、外から磁場か電流の動きを探知して情報を窃取するのは難しそう。まあ、そもそも海底ケーブルの基地から情報を得られそうだけど。ソ連側の思考を探る上で、なかなか重要な情報源だったようだ。一方で、特にバレンツ海のケーブルのような陸に近い場所のケーブルに盗聴器を設置するのは、非常に危険の大きなことであったこと。ソ連とのさまざまな外交交渉への影響を考えずに、こういう作戦が実行されていた、軍部の暴走気味な姿。
 グローマー・エクスプローラーの建造とゴルフ級潜水艦引揚げの顛末。旧式潜水艦の引揚げに、わざわざ船を一隻作ってしまう贅沢さ。そして、それがメディアにもれそうになって、CIA大慌て。これやウォーターゲート事件の影響で、秘密作戦に厳しい目が向けられるようになる。一方で、海軍の潜水艦を使った諜報作戦に関しては、上層部へのプレゼンの結果、比較的優遇され続けることに。
 レーガンの言動がソ連を神経質にさせ、場合によっては核戦争を誘発しかねないほどの状況にあったこと。その後、ゴルバチョフが出てきて、冷戦の終わりに向かって進んでいく。最大の敵を失った情報組織が、組織の生き残りをかけて、自己改造していく姿。レーガンのアレっぷりが怖すぎる。
 海軍にもぐりこませたソ連スパイの成果。かなり重要な情報を盗み出すことに成功していた。一方で、アメリカは原潜などハードにものすごいコストをつぎ込んで、相手の情報を得ていた。どこまで、金を突っ込むか、バランスの問題は難しそうだ。
 弾道ミサイルの射程が延びて、ソ連潜水艦が外洋ではなく、安全地帯に篭るようになる作戦変化とそれに対応するための騒ぎ。ソ連は、アメリカに匹敵する潜水艦を作れるようになりつつあったが、そうなった時に、経済が行き詰っていたと。結局、90年代あたりの潜水艦って、完成に20年くらいかかっているしな。


 以下、メモ:

 歳出委員会はだまされなかったが、結局、譲歩するしかなかった。はいまや大統領が直接命じたプロジェクトだったから。これほど短期間に建造を許可された潜水艦、水上艦は空前にして絶後である。のちに、このプロジェクトを詳細に分析した議会の調査部門、GAO(会計検査院)の検査官は、本件はこれまで目にした最もずさんなプロジェクトのひとつであると結論づけた。
 リッコーヴァーはこれにたいし、いつもの流儀で応じた。自分にたいする批判者には時を置かず、すぐさま書簡を送りつけるのがリッコーヴァー流だった。クレイヴンはあまりに驚いたものだから、いまでもその文面を暗唱できた。「GAOの報告を読んで、かつてフィールド・アンド・ストリーム誌で読んだ『チャタレー夫人の恋人』の書評を思いだした。『チャタレー夫人の恋人』の真の目的にかんするあの書評子の理解は、潜水艦の設計と開発にかんするGAOの理解といい勝負である」p.130

 なんというか、傲岸不遜というか、乱脈経営というか。民主主義wとしか言いようがない。

 二〇〇四年に実戦配備の始まる最新の攻撃型潜水艦ヴァージニア級は、潜望鏡をいっさいもっていない。肉眼より鮮明な解像度をほこるデジタル・ヴィデオ・システムを備えた光ファイバー・マストが各艦に装備される予定だ。p.237

 ヴァージニア級は従来型の潜望鏡を全廃しているのか。


 文献メモ:
 巻末の注記に載っている文献のうち、邦訳があるもののみ。潜水艦そのものを扱った本は意外と少ないな。
ノーマン・ポルマー『ソ連海軍事典』原書房、1998
リチャード・コンプトン=ホール『潜水艦隊潜水艦:深海の知られざるハイテク戦争』光文社、1989
ノーマン・ポルマー『アメリカ潜水艦隊:"鋼鉄の鮫"太平洋を制す』サンケイ出版、1982
W・アンダーソン『北極潜航:潜水艦ノーチラス、極点にあり』光文社、1959
ピーター・グリンプル、ウィリアム・アーキン『SIOP:アメリカの核戦争秘密シナリオ』朝日新聞社1984
ジェイムズ・バムフォード『パズル・パレス:超スパイ機関NSAの全貌』早川書房、1986
ハリソン・ソールズベリー『メディアの戦場:ニューヨーク・タイムズと記者ニール・シーハンたちの物語。』集英社、1992
ウィリアム・コルビー『栄光の男たち:コルビー元CIA長官回顧録』政治広報センター、1980
クリストファー・アンドルー、オレク・ゴルジエフスキー『KGBの内幕:レーニンからゴルバチョフまでの対外工作の歴史』文藝春秋、1993
ボブ・ウッドワード『ヴェール:CIAの極秘戦略1981-1987』文藝春秋、1988


 関連:悪の帝国アメリカ 〜「潜水艦諜報戦」より - Togetter