松尾昌樹『湾岸産油国:レンティア国家のゆくえ』

湾岸産油国 レンティア国家のゆくえ (講談社選書メチエ)

湾岸産油国 レンティア国家のゆくえ (講談社選書メチエ)

 ペルシャ湾岸に存在する小規模産油国クウェートバーレーンカタールUAEオマーンが、どのような論理で存続しているのかを考察した本。著者は、オマーンの近代史を専攻した人物のようだ。国家形成の歴史、レンティア国家、王朝君主制、国民統合、エスノクラシーの5つの観点から、湾岸産油国君主制国家の強さと脆さを明らかにする。アラブの春が起きる前の2010年刊行だが、それが逆に含蓄深いというか。なかなか、おもしろい本だった。


 とりあえず、湾岸産油国理解の鍵が、「レンティア国家仮説」であること。これは、国内からの徴税によらず、外部から直接政府に流れ込む資金を分配することによって、国家が国民の忠誠を買うシステム。湾岸産油国では、石油収入がこれにあたる。石油収入を分配し、豊かな経済生活を実現することで、権威的な君主制国家が、崩壊せずに存続できている。
 一方で、レント収入は、必ずしも政権存続だけに機能しない。資源の輸出によって、通貨が上がり、国内の製造業が国外の企業に負けてしまい、それだけ、国内の産業発展の足かせになってしまう。また、外部からの収入でやりくりできてしまうため、国民との交渉回路がなくなってしまい、一気にひっくり返されてしまう危険もあると。
 石油収入の分配が、対象とする国々の体制の安定の基本だが、それだけでは十分ではない。で、以下の議論が重要になる。


 まず、第一に「王朝君主制」。各国の支配家系のメンバーが政府や軍、企業の主要ポストを独占することで、体制を安定させる。これらの王家では、王位の相続制度が不明確で、兄弟や従兄弟など、一族の同世代で王位が継承される。本来、王位の不安定化を引き起こすこの体制が、レンティア国家では、有利に働く。多くの支配家系のメンバーに王位が開かれていることで、権力の分配と交渉が行われ、結果として支配下系の結束が維持される。莫大な石油収入があるにも関わらず崩壊したイラン王権は、子供への相続が制度化されていたため、他の王族の協力が得られず、脆弱であったと。また、湾岸産油国でも、子供への王位継承が制度化された国もあり、予断を許さないと。
 また、大量の外国人労働者と国民を分断するエスノクラシーや文化を通じた国民統合が、国民をまとめる上で機能していると。アラブ系ムスリムが「国民」であるという認識。支配家系の移住や「祖国防衛」の歴史が、「国史」として公式化され、共通体験としてすりこまれる。自国民に対しては、公的部門への優先採用、民間労働市場でもホワイトカラーに優先的に採用されるなど、「レント」の配分が行われている。
 このようなシステムによって、体制が維持されているが、油田が枯渇しつつあり、自国民プレミアムが限界に達しつつあるバーレーンなどは、脆弱性が高いと。実際、アラブの春で、バーレーンでは強力な反政府運動が発生し、サウジアラビアの軍事介入を招いているわけだから、本書の指摘は慧眼だな。そして、産油国として「生き残る」諸国の援助をうけて、湾岸諸王国の君主制は維持されるだろうという見通し。


 以上のような湾岸産油国の現在の制度の形成を紹介する第一章の歴史も興味深い。交易や真珠の輸出で生きてきたペルシャ湾岸の諸勢力は、イギリス東インド会社、そして、その後のイギリス本国の支配や調停によって、現在の姿を確定し、権力を安定させた。しかし、石油輸出が軌道に乗る戦後あたりまで、湾岸諸国の王権は脆弱であった。しかし、その脆弱な時代に、王家に反発する勢力が近代的な行政機関を創設し、それを王家がイギリスの支援などで乗っ取ったというパラドックス。なんか、いろいろな果実を労せずゲットした感じが。


 湾岸諸国のエスノクラシー外国人労働者ブルーカラーに押し込めるシステム、酷いなと思ったが、よく考えると、日本のも帰ってくるんだよなあ。日本の「実習生」制度なんかも、湾岸諸国のシステムと変わらない。つーか、もっと酷いかも。湾岸諸国では、そのような外国人労働者の方が圧倒的に多いというのが、いびつなわけだけど。


 人口が多くて、歴史記述も豊富。さらに、一時はアフリカにも進出していたというオマーンがおもしろいな。


 以下、メモ:

 あまり知られていないことではあるが、湾岸産油国の自然環境は実に変化に富んでいる。真夏には日中の気温が四〇度を超える場合もあり、加えて海岸部の湿度が高いために、その気候は快適さとは程遠い。対照的に冬季は過ごしやすく、湾岸産油国の最北に位置するクウェイトでは、外出時にはコートが必要となる。また、海岸部に存在するクリークは多くの魚を養い、それらの魚を餌とする鳥も数多く存在する。湾岸産油国にはいずれもその海岸部に小さな漁船が停泊する港が必ずあり、それらはこの地域で漁業が盛んに行われていることをうかがわせる。クウェイト市の魚市場を訪れる者は、湾岸各地から集められた魚、カニ、海老、貝類など、多種多様な海産物が並べられている様子に感嘆するだろう。さらに、湾岸地域の海、とりわけバハレーンやUAEの周辺海域は、古来よりそこで採取される真珠で知られててきた。その名声は中東から広くヨーロッパにまで広まり、石油以前には真珠は主要な経済活動の一つであり、またこの地域で産出されるほとんど唯一の国際的商品であった。p.39-40

 海の幸に恵まれた地域と。よく考えると、チグリス・ユーフラテス川から、栄養が大量に供給されていそうだしな。