新見志郎『軍艦と砲塔:砲煙の陰に秘められた高度な機能と流麗なスタイル』

 読み終わってから、少々時間がたっているので、まとめにくい。
 巨砲、水雷兵器、装甲と来て、一連の著作の中ではちょっと地味な感じの砲塔のお話。ついでに、取り上げている時代も、少し、後の時代。第一次世界大戦あたりが記述の中心になっている。
 何十トンもある砲身を自由に動かし、さらにそれを何百トンもの装甲で防護し、相応の発射速度を与える給弾装置、人力で扱える重さを超えたでかい砲弾のための装填装置となると、かなり大掛かりなシステムになる。俯仰装置、旋回装置、装填装置、給弾経路などが、それも、戦闘時の予備装置なども含めて、ぎゅうぎゅうに詰め込まれたのが砲塔。三次元構造は、紹介しきれないので、簡略な構造を紹介。


 下側に強固な装甲を施したバーベットを置き、その上にむき出しで砲を設置する露砲塔。近距離で、ほぼ水平射撃の19世紀終盤あたりまでは、これで十分に防御力があった。弾薬や旋回装置などは防御されていて、砲身は投影面積が少なく、砲員の損害は数で吸収するという発想。定遠鎮遠が代表事例。
 同時代的に、装甲で囲った砲塔も存在。初の装甲艦同士の戦闘である、ハンプトンローズ海戦。南軍のヴァージニアと北軍のモニターの戦いが小説風味に紹介されるが、発射速度も低いし、そもそもの命中精度がめちゃくちゃ低いという。そういう状況では、投影面積の小さいモニターの優位というのが、大きいのだな。ヴァージニアが劣勢だった。


 それから後は、19世紀末以降の国ごとの展開、第一次世界大戦軍縮条約後の砲塔へと進む。イギリスの歴史的展開がおもしろいな。囲砲塔から、いったん、上部の砲室がなくなる高架砲塔へ展開。改めて、装甲された砲室が出現、弩級戦艦以降に繋がる。20世紀初頭あたりに、猛烈に試行錯誤が行われる。給弾装置の改善、装填装置の仰角の自由化などなど。爆発の危険性が高い装薬をどう防御するかが考えどころ。
 ドイツ、アメリカ、フランス、イタリア、ロシア、日本などの砲塔の歴史。アメリカがおもしろいな。二重砲塔を作ってみたり、早くから自由仰角装填にしていたり。


 第一次世界大戦弩級戦艦の黄金時代。ドッガーバンク海戦ジュットランド海戦で、砲塔がどのようなダメージを受けたかを紹介。
 ドッガーバンク海戦で、砲弾に直撃を受けて、大爆発を起こしたドイツ側が、装薬の爆発対策を導入。それが、次のジュットランド海戦での、ドイツ艦爆沈を防いだ。ザイドリッツは、本当に、よくもまあ轟沈しなかったものだ。
 続いては、有名なジュットランド海戦。イギリスの巡洋戦艦が複数、爆沈している。というか、両軍とも、巡洋戦艦はボッコボコに撃たれているな。そして、戦艦級の砲弾が命中すると、貫通しなくても内部に被害が出る。


 最後は、ジュットランド海戦の戦訓を組み込んだ、軍縮条約後の戦艦砲塔。自由仰角装填をあきらめた戦艦が多いのが、おもしろいな。機構の複雑化と発射の自由度のトレードオフ。そして、最後はデ・モイン級重巡の全自動装填砲塔。


 そういえば、戦艦の砲塔内部配置の自由度を上げた、チェーンラマー。結局、どういう風に組み合わさって、棒になるのか、実物の写真が見たいところ。