はじめて中華帝国を創出した秦王/始皇帝の周りを固めた人々に注目して、征服戦争を描いた本。しかし、始皇帝の姓「えい」って、これまた面倒くさい文字だなあ。
久しぶりに、買ってきてすぐに一気読み。読みやすい本。
しかし、何というかこの時代の情報源の少なさが印象深いな。「史記」や「戦国策」が基本史料で、そこに出土文字史料が、今までなかった情報を付け加える。けど、基本的な事実が明らかでないという。
始皇帝の周囲を固める人々についての伝記的情報も不足している。さすがに将軍クラス、大臣クラスはともかくとして、それ以下のレベルでは情報が不足している感が。たとえば、自分でかなりの食客を養っていたとおぼしき燕の王太子丹とどう違うのか。というか、そもそも、戦国時代において、「家」という枠組みが乏しく感じる。
あとは、軍隊の規模も気になるかなあ。例えば、楚を滅ぼした時に動員した軍勢は60万人を数えたが、それだけの兵員を戦場で統率できたのだろうか。あと、それだけの兵力を養う人口基板や物的基盤がどうなっていたのか。本当に男手を根こそぎする10%の動員で、総人口600万。まあ、普通の総動員体制感のある1%で人口6000万。これだけ動かすと、その経済的な負担はかなり大きそうだけど、当時の国家にどこまでの支配力があったんだろうか。
その前年には20万の軍隊を投入して、楚軍に敗北を喫しているわけだし。
統一の10年戦争での人的資源への影響も大きそうだけど、戦争のインパクトがどの程度だったのだろうか。そもそも、軍隊がどの階層から動員されたのか。
全体の構成は、始皇帝の半生を紹介する第一章、秦の統一戦争を扱う第二、三章、そして、統一を支えた臣下たちの個別紹介と、それに敵対した人々を扱う第四、五章の構成。
第一章は、概説兼始皇帝の生涯。
趙へ人質に出されていた公子異人ないし子楚の子として生れた政は、その後、呂不韋の支援を受けて秦の王になった父に続いて、自分も王になる。22歳に至るまで、呂不韋の人脈や支援のもとに政治を行っていく。宰相となった李斯のような呂不韋人脈の側近が存在する。しかし、ロウアイの反乱で呂不韋が失脚。その後は、独自に政治を行っていく。30代には最初の中華帝国にいたる10年の統一戦争。この段階までは、一致団結しての活動が行われていたが、李斯とともに行われた焚書坑儒が団結にひびを入れ、始皇帝の死後は内部での争いの末に崩壊、と。
私生活方面での最側近趙高、政治面の最側近李斯など外国人を多く取り入れているのが興味深い。軍隊にしても、将軍は多国籍だし。逆に、それが始皇帝死後の対立を生み出したのかねえ。
死んだ後の不安を吐露している「趙正書」が興味深いなあ。「天下に出游し、運気を変え、天命を変えようと思うが、かなわないだろうか(p.55)」と、なんとか生き延びようとしたのか。
第二、三章は、秦の統一戦争というか、侵略というか。政が秦王になった時点で、もう、かなり国土はデカくなっていたのね。魏や韓は国土のほとんどを削り取られていた。また、斉はビン王の時代に国土を拡大した物の、その末年に連合軍に攻められて敗走。国家は再建したものの、始皇帝の統一戦争の時には、何ら能動的に行動できない状況にあった。
前241年の合従軍による秦攻撃が、孝文王の陵墓を占領しているのが興味深い。そして、秦側史料が、そんなの平気だしーと小さく描いている。それだけ、先祖の祭祀が国を維持する上で重要だったということなのかねえ。
地図が収録されているのが、秦の前進をビジュアルに示していて良い。
最後の2章は人物伝。
将軍の生没年が不詳なのが印象深い。三代続けて将軍を輩出した、秦人の王氏、斉出身の蒙氏、始皇帝の父親の時代からの後援者だった呂不韋、楚出身のブレーン李斯、生活や玉璽の補完などの私的部分を支えた最側近趙高など。
一方、秦に対抗した六国の将軍や暗殺者、政治家など。
