真鍋淳哉『戦国江戸湾の海賊:北条水軍VS里見水軍』

戦国江戸湾の海賊 北条水軍VS里見水軍 (シリーズ実像に迫る016)

戦国江戸湾の海賊 北条水軍VS里見水軍 (シリーズ実像に迫る016)

 江戸湾から浦賀水道にかけて、房総半島と三浦半島を股にかけた人々を描いた話。北条対里見の対決だと、陸上での戦のイメージが強いけど、浦賀水道を挟んで三浦半島と房総半島でのにらみ合いの方が、むしろメインだったのかね。浦賀と対岸の湊川なんて、20キロくらいしかないわけだし。
 やはり北条氏関係の文書の残りがよいため、北条氏関係の水軍の情報が多くなる感じ。全体的に北条氏視点というか。


 第一部は、海を戦場とした北条水軍と里見水軍の角逐。国府台合戦の印象が強いけど、むしろ海上が主戦場なのかね。特に、里見軍は三浦半島を回って鎌倉まで侵攻していたりするし。あるいは、日常的に軍船が行動して、敵方の船舶を拿捕していた。そして、それを阻止するために、海戦が頻繁に発生していた状況。
 北条水軍の構成が興味深い。もともと。三浦半島で活動していた海民たちを束ねる豪族たち「三崎十人衆」として編成される。これに、伊豆の海賊衆や紀伊半島から呼び寄せた傭兵的な性格の海賊衆で構成される。
 里見軍と海戦を行って、金沢船を取り戻した感状が紹介される山本氏が印象深い。伊豆に地盤を持つ豪族が、里見海軍との戦いのために三浦半島に派遣。伊豆の領地が維持できないから、三浦半島に領地替えを要求する。逆に言えば、本拠地への執着は薄いのかなあ。まあ、北条氏の海将として活躍する方が割が良いということなのだろうか。領地替え前の、伊豆の領地の配置も興味深い。西伊豆町の田子・一色、河津町の梨本に知行地を持つが、田子の港から山を越えて仁科川の渓谷に出て、上流へ。諸坪峠を越えて河津川沿いに東側の海岸への移動ルートを考えてのいたのだろうなと想像させる。
 一方、紀伊海賊衆の代表としては、梶原氏が紹介される。あくまで本拠は紀伊で、なんか問題が起きたら紀伊に戻っていたり、報酬でごねてみたり、傭兵的性格が強い。他に、愛洲兵部少輔、橋本四郎左衛門尉、安宅紀伊守、武田又太郎などがいたそうな。最初の愛洲氏は、愛洲陰流の愛洲と関係があるのだろうか。


 一方で、里見氏側は、正木氏、東条氏、木曾氏、岡本氏といった地元の海賊衆がメイン。それに、小弓公方の家臣の龍崎兄弟などと言った人々が加わる。北条側と里見側、双方で言及している史料がある龍崎兄弟の戦死のエピソードが興味深い。
 房総と三浦両方に所領を持っていた内房正木氏の正木兵部大輔の存在。そして、里見・北条が決定的に決裂する中で、三浦半島にある領地を没収される歴史の流れは、両者の対立がもたらした影響の大きさを感じさせる。
 あとは、秀吉の小田原攻めの時に、三浦半島での軍事行動が惣無事令を犯すものとして、里見氏の首を絞めたとか。




 後半の二部は、ちょっと雑多に、「境目」の人々の安全保障、「海賊」を巡る伝承、近世に入ってからの海賊たちなど。
 北条氏と里見氏という戦国大名の領国の境目となった東京湾では、両岸を行き来する人々の安全保障が課題となった。その手段として、陸地の境目となった「半手」という手法が見られた。沿岸の村々は、対岸の勢力にも半分年貢を納めることによって、安全保障を確保した。また、東京湾を行き来し、商売を行う「有徳人」たちも、両方からの安全保障を得ていた姿が紹介される。
 この半手は、大名側の思惑としては対岸への勢力圏形成をはかる梃子として、村々の側からは安全保障の手段として、両者の思惑の重なるところとして、交渉の元に、積極的に追求された。
 北条領国内の船舶に、夫役として課されていた、「浦賀定詰船方役」も興味深い。各種船舶が、軍事輸送に動員されていた。また、これらの船によって、浦賀船橋・富津と東京湾を股にかけた輸送が行われていた事例が紹介される。


 青岳尼事件や北条氏滅亡後にもあった可能性がある海賊伝承も、興味深い。


 そして、最後は、近世の「海賊」たち。
 海賊大将たちのうち、近世に生き延びた例としては山本氏と梶原氏が紹介される。山本氏は、北条氏滅亡後は徳川家に仕え、結城秀康にしたがって越前へ。そこで、家を維持する。また、傭兵的海賊であった紀伊の梶原氏は、本拠である紀伊に戻って、土豪的百姓として存続したようだ。両者は、家を維持して、江戸時代中盤以降に史料を採録されている。
 海を舞台に生業を営んだ人々は、その後も、海で生活を続け、その頭立った人々は、網元漁師や船舶輸送、船舶の検査業務、名主など、有力百姓として存在を続けた。いわゆる、「帰農」ってやつだけど、漁師や廻船商人なんかはどう呼べばいいんだろう。




 そういえば、地理院地図を見ながら、読み直したのだけど、千葉の土砂採取、すごいなあ。勝山城の遺構はこれで破壊されまくっているようだし、巨大な採掘地がいくつもある。
 あと、伊豆半島には、ガラス原料となる良質の珪石鉱山があって、現在は創業していないが、露天掘りの跡が残っている。
https://blogs.yahoo.co.jp/kondonaoto/34666103.html 西伊豆 宇久須珪石鉱山 ( その他自然科学 ) - 地学ハイキング - Yahoo!ブログ