林千寿『家老の忠義:大名細川家存続の秘訣』

 細川家を支え続けた家老、松井康之・興長父子を描く本。調べてみると、だいたいの大名家ではお家騒動が起きているけど、熊本藩では大きな対立が起きていないのは筆頭家老の松井家が揺るぎなく支持し続けたからだろうな。忠利死後、31歳で光尚が早世、幼君綱利の継承という不安定な時期に家中が動揺しなかったのは大きい。


 前半は松井康之の生涯。「忠義」というのが必ずしも常識ではなかった時代に、秀吉からの大名取り立ての誘いにも乗らずに細川家に尽くした人物が興味深いな。よっぽど藤孝に心酔していたのか。独立大名になって生き延びられたかは微妙なところだけど。
 室町幕府幕臣の家系であった松井康之。しかし、足利義輝が殺害された永禄の変で所領を失い浪人となってしまう。お家再興をかけて足利義昭のもとに赴き、細川藤孝の客分のような扱いとなる。藤孝の知謀が幕府再興をなしたとヒーロー扱いだったのかな。その後、細川家のもとで軍事指揮官、大名間の取次、所領の統治に関わる。
 なんというかオールマイティだな。野戦の指揮で水際立った腕を見せつつ、搦め手からの陰謀も十分出来て、あちこちの大名と交際もこなす。鳥取城攻めの水軍を率いた戦いなんか、康之の戦の真骨頂だな。初手では商船に化けての奇襲からの、泊城・大崎城攻めでは真っ向勝負の船戦で勝っていて、どっちもできる。
 秀吉、家康と天下人からの好かれっぷりも印象的。秀吉からは直参扱い。家康との関係が秀次事件、丹後討伐と二度の危機から細川家を救っている。勝竜寺城時代の物集女宗入暗殺の時には、警戒しまくっていたはずの宗入を誘い出しているし、人たらし的な何かがあったのかねえ。
 秀吉の死去から関ヶ原にかけての動向も興味深い。七将襲撃事件なんかを考えると、細川家はもともと徳川派なのかと思っていたけど、その後の前田利長と家康の対立局面では攻撃を受けかねない状況だったのか。日本海側に所領を持つ大名ということで親密だったのかな。この時期、蟄居させられていた康之の奔走で攻撃の危機を避けることができた。
 あとは、丹後国替え後の細川興元、興秋という有力一門衆が離脱しても松井父子が揺るぎなく宗家を支持し続けた結果の安定。
 康之の最期、忠興が見舞いの手紙を出しまくってるあたりがなんというか。


 後半はあとを継いだ興長の時代。忠興、忠利、光尚、綱利と四代にわたって家老を務める。この時代、戦乱は天草島原の乱以外なかったが、細川家も含めて幕府からの改易の危機にさらされつづけ、指導部は緊張にさらされ続けた。肥後という大国を預かっているからこその「奉公」が求められ、大名側もそのような活動をしようとした。
 秀忠、光秀二代にわたって、幕府の心象を害して改易される可能性が常に存在した。このため、天草島原の乱では、早期に出陣する必要があった物の九州の諸大名の家老間で連絡を取り合い幕府関係者の許可を得ての出陣まで動かないなど武家諸法度と危機の間での綱渡りを強いられた。
 また、家臣団の内紛や領国統治の失敗、藩主の不行跡も改易の要因になり得るもので、その回避に腐心した。家老が幼君の盛り立てを拒否して改易された最上家、両国統治の破綻と藩主の不行跡が重なった加藤家。細川家にも危機は連続した。忠興による八代隠居領を立孝に相続させ独立大名としようとする目論見、細川光尚の早世と幼君綱利への継承時細川領の分割し宇土支藩の行孝による後見させようとする意見が幕閣中枢に見られたこと、さらに幼君綱利が遊興にうつつを抜かすようになる。興長は筆頭家老として幕府中枢との交渉を担い、あるいは綱利への浪費の諫言といった団体としての細川家中の維持に貢献した。ここから「諫言」が細川藩において高く評価される行為となっていくことになった。
 遺言をたくさん作ってるのも興味深い。


 島津家の監視・境目として、幕府からも重視された八代城。それだけに、八代を任された興長も「奉公」として軍事力の維持を重視することになった。また、独自に軍団・経済力を備えることになった。それだけに家臣団の分裂に繋がるような事態を懸念し、様々な人事行為が本藩の許可制になっていたり、サボタージュを行う細川直臣の処断に他の家老からの了解を取り付けたりと気を使った。
 また、軍事力維持のために不作で年貢収入が減った時にも、馬や奉公人を手放さないように命令を出すといった強硬な姿勢も見られた。


 光尚以降は藩主をもり立てるのに苦労したが、「名君」忠利の時代には、信頼できる上司との間の思想の共鳴も。百姓の再生産を維持するために私的利害に左右されない「私なき支配」を目指した忠利。それと共鳴する興長。
 一方で、その「私なき支配」が忠利に向けられる場合もあった。藩主厄払いに計上された米を「まさかお堂建設につかいませんよね」と興長から伺いの書類を出されて、「被災地の救済に使えば文句ないだろう」と逆ギレするエピソードがちょっとおもしろい。