川田伸一郎『標本バカ』

標本バカ

標本バカ

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 国立科学博物館で標本を集めまくっている著者による、雑誌エッセイを集めた本。4ページで一記事が完結しているだけに、なんか読むのが細切れになって、思ったより読むのに時間がかかった。細切れ読書に適した本。
 哺乳類研究者の日常が楽しい。というか、けっこう状態の悪い遺体も標本にしてるみたいだから、慣れは重要なんだろうな…
 国立科学博物館は現在5万点だそうだが、イギリスあたりだとその10倍とか、コレクションの量の差が凄い。


 ちょっと、感想をまとめるのが難しい…


 「死体を集めるお仕事」p12-15、「クマを掘る」p.106-109あたりを見ると、博物館の標本の源は、研究者が捕獲した生物ではなく、交通事故死したり、有害駆除で捕獲された個体、動物園で死亡した動物がメインで、そういう動物遺体の所在を知っている行政職員や猟師、地域の人とのネットワークが大事であると。


 重複標本の意義というのも興味深い。「どれだけ集めれば気が済むのか」p.20-23、「最高のご褒美」p.146-149、「1万分の1の奇跡」p.208-211あたりが言及。10個もあれば十分だろうと思っていたけど、世の中、8000点のヨーロッパモグラの頭骨から歯の変異を調べた論文もあるという。数%レベルの変異だと、やはり材料はあって損はない。まして、地域群単位の研究をするならば。カモシカの標本が数千点あっても、まだ普通、と。


 本書ではあまり液浸標本についてはあまり言及されないが、「ホルマリン騒動」p.110-113、「開かずの標本瓶」p.142-145がそのテーマ。なんか、ホルマリンは有毒性の問題からあまり使われなくなったと聞いていたけど、国立科学博物館ではけっこう使っているようだ。そして、やっぱりけっこうヤバい、と。標本槽から高濃度のホルマリンをこぼしてのエピソード。ゾウの鼻など、必要な部分は液浸標本になっているのだな。
 一方、アルコールはアルコールで、古い磨りガラス接触面の標本瓶などは、ワセリンなどで封をしてあって、熱して開けないといけない。しかし、蒸発などの危険がある、と。


 あとは、大型動物の標本化の苦労。いつ死ぬか分からないから、色々と予定が立たないというか、いきなり割り込まれる。ここいらは、郡司芽久『キリン解剖記』でも紹介されていたな。
 「埋めなければならない理由」p.90-93では、ゾウの解剖標本化にともなう、思わぬ出費が紹介されている。剥いだ肉が大量で冷凍庫に入りきれず、超特急で処理業者に来てもらったけど、相応のお金がかかってしまった。地面に埋めて分解させた方が安い。
 「クジラの解体」p.130-133もすごい。巨大生物は多くの人の連携で解体、埋設、標本化される。


 「クロウサギの大手術」p.68-71は、ボロボロの遺体をどう標本にするかのお話。捕食されたり、交通事故にあった傷が大きい個体でも、縫合して標本に残すことができるという。アマミノクロウサギのような捕獲するわけにはいかない稀少種を相手にすると、そういう縫い合わせの技術が向上する、と。


 「冷凍庫を信用するな」p.102-105は、長期間冷凍庫のコンセントが抜けていたお話。気付いた時点で逃げたくなるような事態だあ。それでも、骨は標本としてサルベージできる。塩漬けなどの保存処置をしておけばなんとかなる。遺伝子サンプルはどうしようもないから、分散保管が大事、と。


 「袋のある珍客」p.154-157は、猫が捕まえたというフクロモモンガが持ち込まれたエピソード。ペットとして、かなりの数が持ち込まれているのだな。そのうち1匹が猫に捕まって、さらには標本になる…


 「標本がないっ!」p.158-161は、『大英自然史博物館 珍鳥標本盗難事件』を枕に、ニホンオオカミの標本を見失ったときのエピソード。貴重品だけに、箱に婉曲な名前を書いておいたら、それを別のところに置いてしまった。あるある感。
 しかし、フライフィッシングの毛針のために貴重な標本を盗んで羽をむしるとか…


 「皮膚病のタヌキ」p.188-191、熊本城の刑部邸で全身ボロボロの皮膚のタヌキ見かけたなあ。やはり集中力が無くなるのか、わりと堂々と昼間に姿を見せていたけど。


 「ペットの標本」p.226-229。確かに、ペットを標本にしようというのは、ちょっと難しいかもなあ。そのため、犬猫は収蔵標本が少ないという。最近は、動物も長生きだしなあ。
 食肉処理場から頭骨をもらってきて標本にしていたけど、BSEで陰性でも持ち出し不可になって、今はできないという。プリオン病は、スクレイピーみたいに土壌に残って伝染したりするのもあるから、難しいかもなあ。とはいえ、学術的には、必要な資料でもあるし…


 「偽物の標本」p.250-253。なるほど、人魚や天狗のミイラの類い、江戸時代から残る動物骨と考えると、生物学方面でも価値があるわけか。


 「普通種の珍品」p.266-269。へえ。イタチの雌って、生態が違っていて、謎に包まれているのか。


 「タイマイの剥製」p.274-277。昔はたくさん流通していたような、飾り物用の剥製にも、どんな風に役立つか分からないからこそ、取っておく価値がある、と。化学分析で大まかに捕獲場所が分かれば、どこで乱獲されたかのデータになったりしそう。


 第五章は、同じ著者の『アラン・オーストンの標本ラベル』と繋がるお話。