榊純一『中国の航空エンジン開発史:国産化への遠い道』

 タイトルの通り、中国の航空ジェットエンジン開発の歴史を検討した本。
 結論から言えば、中華人民共和国建国すぐからジェットエンジンの研究・自主開発の歴史は存在し、英米ソのエンジンのライセンス生産の経験を着実に重ねてはいるけど、現状、まだまだ英米露のジェットエンジンの技術レベルにはほど遠い状況である、と。
 英米露からの技術習得は営々と行われているが、肝となる技術、高温に耐えうる合金材料の技術やタービン翼の単結晶鋳造、エンジンの燃料噴霧コントロールといった技術は秘中の秘として、留保されている。自前で、先進技術をしのぐのは難しそう、と。材料技術は蓄積が重要と言うし、技術全体が頭打ちにならないと難しいかもなあ。


 一見して、アメリカを中心とする西側からの技術流入が多いのが印象的。黎明期には、呉大観に代表される、戦前戦中期にアメリカなどに留学し航空工学を修得した人々が、中華人民共和国体制下での航空機開発の体制を立ち上げる。1980年だあたりには、米中の接近を反映して、ロールスロイスやフランスのスネクマ社からの技術指導。そして、21世紀に入ってからはグローバル経済の緊密化によって民生用技術の導入。GE社の部品生産によって品質管理の技術が導入されたり、ドイツの民生用ガスタービン技術の導入など。折りにふれて、西側が中国に幻想を抱いているんだなあ、と。


 ソ連との対立による技術導入の中断や文革時代の政治的硬直化によって、割と長い歴史を持つわりにぱっとしなかった中国のジェットエンジン開発。さらに、中国は核兵器弾道ミサイルにリソースを割いて、航空機は自国でメンテできれば良いくらいの優先順位だった。
 その後、改革開放下で西側技術の導入が進むが、天安門事件で頓挫。その後も、営々と技術取得の試みが行われるが、「中国製造2025」の発表あたりから、西側の技術窃取に対する警戒感が高まっている状況。近年は、さらに対立が悪化している状況だよなあ。


 渦扇10甲とアメリカ製のF110エンジンが、ファン、高圧圧縮機、高圧タービン、低圧タービンの更生が同じというところに注目している96ページからの一連の指摘が興味深い。圧縮機やタービン段落の構成は、様々な解が存在し、通常、同じ構成になる事は無いという。1983年に民生用に輸入したCFM56エンジンのコア部分をリバースエンジニアリングして、コピーした可能性が高いそうな。


 しかし、ロケットエンジンの開発より、ジェットエンジンの開発のほうが難しいという指摘が印象深い。確かに、自国でロケットを開発打ち上げできる国はけっこうあるけど、ジェットエンジンはホントに限られているものなあ。日本もジェットエンジンIHIがコア部分の開発を行っているくらいか。
 短時間で膨大なエネルギーを発するものより、長時間運用する信頼性の高いメカニズムを競争力ある価格で生産することの方がハードルが高い。これは、戦前、日本で自動車産業が立ち上がる時のハードルと一緒だなあ。