益城町の図書館兼文化センター的な施設で開かれている文化財企画展。
今回は戦争に関係ある物を通時的に紹介。古代の石鏃や鉄刀、戦国時代の文書類、西南戦争関連の異物、そして、第二次世界大戦に関する物など。やはり、直近の戦争である第二次世界大戦の存在は大きい。あと、益城における西南戦争の存在感。田原坂と熊本城包囲から撤退した後、薩軍は、木山を本営に、大津から御船にいたる熊本平野東端に戦線を展開して、「城東会戦」に望む。本営であったことや、戦後も集落が維持されてことで、濃厚に西南戦争の伝承が残ったのだろう。保田窪あたりで聞き込みをすれば、意外と伝承があったりするのかねえ。
あと、津森神宮に奉納されていた一〇式艦上戦闘機のプロペラが印象的。なかなかでかい。本来は一気まるごと奉納されていたそうだが、戦時中の金属回収で解体されて、プロペラだけが残されたという。鋼管羽布張りだから、エンジン以外は金属源として微妙な気がするが…
鉄刀。古墳時代後期の上神内横穴墓群から出土した鉄刀。鉄製品の保存には、結構気を遣いそうだな。

加藤清正禁制。関ヶ原の合戦の際、西軍の小西行長領を攻撃した加藤清正は、その準備段階として木山城を攻略。その際に木山腰尾町に出した禁制。乱暴狼藉、放火、「非分」申し懸け等を禁止した禁制。まあ、戦国時代によくある禁制という感じだな。

木山氏系図。北朝側阿蘇氏に招致されて木山城主となった「後木山氏」の系譜を記した巻物。

知行宛行状。豊臣秀吉が、水野才助に伊勢国員弁郡あいばの郷に知行をあてがった朱印状。その後、肥後で書家になっているとか、どういう系統なんだろう。秀吉の直臣がどういう経緯で肥後藩士となったのやら。

駕籠。皆乗寺に伝えられている、西南戦争の際に細川護久の三人の娘が戦火を避けるために使われた乗り物だそうだ。上益城郡内の郷士層の家を転々としたのだとか。

銭函。薩軍の野戦病院とされた家に伝わる、薩軍の金庫として使われていたとされるもの。

四斤山砲弾と弾片、銃弾。ライフリングとかみ合う突起部分が摩耗しているから、実際に発射されて、不発だったのだろうな。着発信管ではなく、頭部に詰めた木栓が燃えて、火薬に着火するものだったらしいし。

津森神宮所蔵、模型航空機群。左から一〇式艦上戦闘機一型、一〇式艦上雷撃機、一〇式艦上戦闘機二型(練習機型)。


一〇式艦上戦闘機プロペラ。津森出身の退役軍人が、戦意高揚を目指して機体まるごと奉納したが、戦時中の金属供出でプロペラだけが残されている。

学校教練必携と軍隊手帳。木銃を自費で買わされていたのか…

そういえば、さびさびの三八式歩兵銃が展示されていたけど、アレはどういう契機で益城町が所蔵することになったのだろうか。