吉田伸之編『シリーズ近世の身分的周縁4:商いの場と社会』

商いの場と社会 (シリーズ近世の身分的周縁)

商いの場と社会 (シリーズ近世の身分的周縁)

 うーん、読了に時間がかかって、最初の方が頭に入っていない。
 あんまり、「身分論」になっていないような。むしろ、普通に商業史とか、商人の論文集になっているような。本書出版の時点でも、商人に関してはその程度の研究の蓄積しかなかったということではあるか。身分論らしいのは、飴売り商人の集団が香具師集団や近隣の飴売り集団との係争の中で自己の輪郭を創りあげていく論文くらいだったのではないだろうか。問屋の本源が土地所有にあるってのは、興味深いけど。あと、90年代の議論で「芽生えたばかりのブルジョア的要素」とか、「商人高利貸資本」みたいなコテコテの言葉使ってたんだ…
 本書は、大坂の松前問屋、材木仲買、薬種仲買、皮革商人、さらに江戸の古着商人、床店商人、越後の飴売商人、関東の在方市についての論文が収録されている。


 一番目は「松前問屋」。北海道の鯡魚肥の流入にともなって、成立するが、靭市場の干鰯仲買仲間の従属下で形成されること。北国品類問屋、塩干肴問屋株設定などの条件の下、成立していったと。
 二番目は「材木屋」。材木仲買人の発展を追う。こちらは逆に、特定の地域から輸送される木材を扱う問屋主導で、仲買人が組織される。共同の債務保証の話とか、重層的な仲間組織とか。
 三番目は、「薬種仲買」ということで、道修町の薬種仲買人集団について。海外から輸入された薬種を扱いだけに、密貿易などの取り締まりなどの観点から、株の数が特定されていて、特定の家を中心とする閉鎖的な集団を形成したこと。仲間集団として、手代の株取得などで平等主義的な運営を試みたが、イエ単位の論理が優越した状況が指摘される。
 四番目は「皮商人」ということで、大坂渡辺村と紀州田辺領の間の皮革や骨などの流通状況を明らかにする。鹿児島で肥料として大量の骨粉を必要とし、大量に輸入していたという話が興味深い。斃牛馬の処理と皮革の売買は、当該地区のかわたの権利だったが、皮を入手する目的の屠殺を制限するために強い監視下に置かれたこと。しかし、渡辺村の皮革問屋から前借金で必要な皮をそろえる必要があったため、屠殺はやむことがなかったと。廻船業者が皮革輸送を行うと、荷主が限定されてしまうという話も。
 五番目は「古着商人」。江戸富沢町の古着問屋が、江戸市中や東北方面への古着供給の要になっていたこと。三井呉服店などの呉服商人は、在庫調整のために、富沢町の古着市場を利用し、売れない在庫を処分のために売却し、一方で市場で安く出ている服を自店で売るために買い取ったりしてたという。このような関係から、呉服商人も富沢町に集中していったと。
 六番目は「床店商人」。これも古着を扱う商人だが、零細小売商を対象にする。柳原土手通りの床店を素材にしている。柳原土手周辺の橋守が、その費用を確保するために、町奉行の許可を得て床店を賃貸したことが始まり。近隣の小商人が賃借している。また、商人が集中し、互いに売買する、遠方からの商人が購入することで、回転の早い活発な卸売市場が形成された。明治になって、土手の撤去と土地の売却にともなって、消えてしまったようだが。
 七番目は新潟県西蒲原郡の飴売り商人田辺家の師匠・弟子関係にもとづく集団形成と周囲の類似商人集団との係争。それにともなって、集団の職分や領域が定まってくる姿を描く。市場や縁日で、飴を売る、縁日商人的な集団で、飴の製法の伝授にもとづく師匠・弟子関係で、集団を形成する。この集団は、香具師集団と互換性のある集団であり、同じ地域の香具師集団との抗争の結果、田辺家を中心とする集団は飴に特化、香具師集団は小間物類に特化することで話がつく。また、他地域の飴売り集団に関しては、「弟子取場」を地域ごとに分けることで決着をつける。田辺家が町奉行に飴売り渡世で生きるように言葉をかけられたことを由緒とし、もう一つの集団が土御門家から「越後国渡世人支配頭」としての地位を得たと由緒を主張し、争うのが興味深いな。このあたり、芸能の世界と近しいような。
 最後が「在方市」。局地市場の「都市性」を市場内外での紛争を手がかりに明らかにしようとしているようだが、結局、よく理解できていない。「前見世」と「中見世」がどんなものかが確定しないと、なんともいえない問題だな。史料を読むことの難しさ。