奈良文化財研究所編『木簡:古代からの便り』

 新聞に連載した記事を再構成した本。文学・歴史館の「文字が語る古代のくまもと」展関連で、木簡関係の本が集められていたので、手軽そうな本書を借り出し。断章形式でサクサクと木簡のいろいろなトピックが楽しめる。特に、年輪年代測定の手法を応用したラスト近くのお話が興味深い。


 第一セクションは「木簡とはなにか?」ということで、木簡の基礎情報。
 樹種は地域によって手に入りやすいものを使っている。あるいはきっちりとした楷書で書かれている物が多いが近江・播磨・讃岐などは読みにくい。文字になれていて、逆に手癖で書いているためくせ字が多いというのが興味深い。
 木簡は再利用される時に表面の文字を削り取る。現在発掘されている木簡の8割がこういう削りくずであるという。ゴミだからこそ、情報が興味深いと言うべきか。ゴミ捨て穴の土を丸ごと採取して、屋内で洗い出しているという。
 現状、木簡の初出は630-40年ごろ。670年代から急増し、藤原京時代、奈良時代がメイン。平安時代には発掘量が減少する。これは、平城京が放棄された低湿地であるのに対して、平安京が乾燥しているというのが大きそうな気がする。あとは、行政のスリム化で、木簡での文書のやり取りが減ったことは大きそう。律令国家は無駄な行政手続きが多すぎたというか。こまかいデータを集積しすぎたというか。


 第二セクションは「木簡の発見! 歴史の発見!」ということで、木簡研究の簡単な歴史といったところか。しょっぱなから法華寺に居を移した孝謙太上天皇の宮廷への食料請求木簡が出てきたり、一つの穴から1800点の木簡が出ていて、大量処理の練習になったり。奈良での木簡発見がはじまる前にも、木簡が見つかっていて、主に中近世のものが多数を占めていた状況。「郡評論争」に決着をつけ、記紀が後々いろいろと修正を加えた文章であることを明らかにしたり。藤原京の造営過程や長屋王邸宅の確定の手がかりになったり、平城京が奈良京と呼ばれていたことが明らかになったり。当時の生データの力というか。


 第三セクションは「木簡の使われ方」。
 地方から中央に報告される書類の軸に使われた木材は、木口に所属が書き込んであって、これも木簡のうち。
 木簡は使用後、縦に裂いてトイレの後の尻を拭うトイレットペーパー的に使われたり、削って祭祀用の馬形や斎串、あるいは正倉院に伝世された巻物の軸兼題箋として使われたりする。あるいは、整地や埋設の際に地下水を通しやすくするための木の層を作ることがあり、これに利用された可能性も指摘されている。
 長屋王邸の食料支給の伝票として使われた木簡が興味深い。支給側で準備して、政所で裏書きされて有効な食料引換券になる。それは、管理側でひとまとめにされて再利用される、と。


 第四セクションは、「あれも木簡? これも木簡!」ということで木簡のバリエーションの紹介。
 くじ引きの札や人生ゲームの札っぽい「○○に成る」とかいた木簡。文書の保存期限が終わったら、題箋部分だけちぎって捨てる題箋軸。曲げ物に書かれた名前。呪符。薄板に写経されたこけら経。大乗院跡地が小学校になった後に将棋の駒を軍人将棋の駒に作り替えた駒。木に文字が書いてあるという定義は、かなり広い範囲になる。


 第五セクションは、「木簡を深読みする」ということで、内容面に注目した記事。
 8世紀に朝廷に贄としてワカメを納める宥免産地が、現在もブランドになっているとか。平城宮藤原京や飛鳥池から出土する木簡で字体が違うというお話が興味深い。古い時代の物は文字がアンバランスなのが、平城宮から出土する木簡はバランスが取れたものになる。お手本が朝鮮半島系から中国系に替わった影響らしいというのが興味深い。
 宮廷に官僚が薪を進上する御薪という儀式に使われたとおぼしき木簡、具体的に古代の米がどんなものだったのか分からないという話。都に納められた物資が、さらに都の外に持ち出された証拠である都の外から出土する荷札木簡。行幸などの際に給養のために持ち出されたのか、その土地にある施設に支給されたのか。


 第六セクションは、「木簡からみえる古代人の日常」ということで、こちらも内容面に注目したもの。
 藤原京典薬寮から出土した薬のラベル木簡。『本草集注』という書物をもとに薬剤の集積が行われたという。あるいは、失われた大宝令の断簡としての木簡。腹痛で頼まれた購入品を別の人に任せますと届ける木簡は、本当に腹痛か、仮病か。慣れるほど手癖で文字が崩れて、なれない文字は確認しながら書くのできっちりとする。通常の場合以外で、お酒の支給を要請する時は書状的な文言でお願いする。伝世されてきた史料から分からない下級官人クラスの人名が木簡からはザクザク出てくる。


 最後の第七セクションは「木簡を未来に伝えるために」ということで、保存や物的な研究のお話。
 樹脂などを染みこませる保存処理を済ませる前の木簡は、防腐剤入りの水に浸して保存される。で、8月にチェックして水を足したりする。それが全国の古代史専攻大学院生の実習の場になるのか。というか、保存環境を見ると、地震が来たらぐちゃぐちゃになりそうだなあ。密閉容器とか、固定棚とかは、予算とかで厳しいのかな。
 で、保存処理された木簡も温度変化などに弱いデリケートなもので、研究などにもなるべく現物に触らないようにしている。けど、重文指定を機に、現物の展示を行うようになっているという。
 年輪年代学の手法を使った研究の紹介が興味深い。本来、それなりの大きさの材で研究するものだが、木簡はかなり小さい。予備研究で一括出土した斎串を使って同一材推定という手法が使えることを確認。木簡でも、年輪の形を手がかりにバラバラの削りくずから同一木簡の断片を拾い出すことに成功している。また、逆に発送地と大まかな年代がわかる荷札木簡から、日本列島での地域別の標準年輪曲線の整備が可能になると年輪年代学のほうへのフィードバックも期待できる。